※『放課後』のスピンオフです。
マユは、まさかサナに好きな人が……彼氏ができるなんて考えたこともなかった。
「へへ。シンドウ先輩と付き合うことになったよ! マユのおかげだよぉ」
私のおかげ、か。マユはなんとか笑顔を作る。作り続ける。
「よかったね! 今度、何か奢ってよね」
「もちろんだよ、マユ! スイーツビュッフェ行こうよ、奢る奢る~! マユ、行きたいって言ってたじゃん?」
サナは、マユの話をちゃんと覚えていてくれる。どこかへ行きたいというと、いつか必ず一緒に行ってくれる。欲しいものがあるというと、誕生日に必ずその欲しがったものをくれる。
――だから、勘違いしてしまった。
「マユ?」
「う、うん。今度いつ空いてる?」
◆ ◆ ◆
放課後。
「今日もシンドウ先輩のところですか~?」
「うん!」
すごくすごく嬉しそうなサナ。マユは激しく後悔していた。シンドウ先輩の名前なんか、教えるんじゃなかった。図書室通いなんかやめろと言えばよかった。先輩は、サナのことなんか忘れていると言えばよかった……。
「幸せそうだね」
「うん、毎日すごく楽しいし、幸せだよ。あ、そろそろ行くね」
サナは、そう言うとカバンを手に持ち、教室を足早に出ていく。
「サナ、あのね! 私も……」
サナが振り返る。
「マユ、何か言った?」
「ううん、何でもない」
「大丈夫? 悩み事なら、話聞くよ」
「ううん、本当に何でもないの。早く、シンドウ先輩のところに行ってあげて」
「そっか……。いつでも相談してね」
サナは行ってしまった。マユも帰る支度を始める。一人、教室で泣き出しそうだった。
「優しくしないで……」
そうつぶやくと、頬を熱いものが伝った。
◆ ◆ ◆
その日、どうやって家に帰ったのか、マユには思い出せない。夕飯も上の空で、あまり食欲もわかなかった。
マユは、サナに彼氏ができてから明らかに痩せた。サナにも、クラスの子にも痩せたと言われる。そのたびにマユは「ダイエットの効果だね」と笑ってごまかしていた。
風呂を出て、髪の毛をドライヤーで乾かしていると、サナからメッセージが来た。
『最近大丈夫? すごく痩せたし、心配だよ』
どう返せばいいかわからなかった。無視していると、続いてメッセージが送られてくる。
『ねえ、なんでも話して。友達でしょ』
優しい優しいサナ。その優しさが痛くて痛くて仕方がない。
それでも無視していると、サナから電話がかかってきた。ドライヤーを中断し、電話に出る。
「もしもし」
『マユ、今大丈夫?』
「うん、大丈夫だよ」
『ごめんね、いきなり電話かけて。返信がないから心配になって。既読もつかないし。前はすぐ返してくれたでしょ?』
「ごめん、ドライヤーしててさ。気が付かなかった」
『そっか……』
「……」
『……』
「あのね、サナ。私、児童文学好きだよ」
『そうなの!? なんで早く言ってくれないの!』
サナの嬉しそうな声。本当に、どうして早く言わなかったのだろう。それは今一番、マユが考えていることだった。
「タイミングがなかったから。黙っててごめんね」
『今度いろいろ語ろうよ! 明日とか!』
「はは、ウケる。さすがに早すぎ」
『そうだよね、ごめん……私すぐ熱くなって……』
「そういうところ好きだよ、サナ」
『え? な、なに急に……照れるなあ。私もマユのこと大好きだよ!』
サナが照れながら、大好きだという顔が頭に浮かぶ。愛おしいその笑顔。
「違うの。私の好きは、そういうのじゃないの。本当に好きなの」
『へ?』
「てかマジでなんなの?! 私のほうがずっとずっと好きだったのに!」
『マユ……スバル先輩のこと、好きだったの?』
「ばか! 鈍感! あんな男大っ嫌い! ふざけんなよ、あの野郎!」
思わず声を荒げてしまう。シンドウをサナが下の名前で呼ぶ。それだけで気が狂いそうだった。
『どうしたの、落ち着いてマユ……』
「サナ、あなたのことが好きだったの。ずっとずっと好きだったの……」
『……ごめん、全然気が付かなかった……』
「私のほうが、先に……好きだったのに」
涙がぼろぼろとこぼれていく。こんなこと、言うべきではなかった。サナを困らせたいわけではなかった。ただ、自分の気持ちを知っていてほしかった。
「ごめんね、サナ。忘れてほしい……。わがままだけど、これからも友達でいてほしいの」
『……ずっと、友達だよ、マユ』
優しくて優しくて残酷なサナ。