「彫刻を取りに来たわよ。用意はできている?」
サナは、部下のオークたちを連れて、彫刻家のライナルトのもとへやってきた。
「ああ、できているよ」
ライナルトはそう言うと、布を外して、自身の作品を見せてくれた。その大理石の彫刻は、美しい女性の姿をしていた。
「美しいわ。女神ね」
ライナルトは満足そうに頷いた。神話通りの、欠点のない美しさに、サナは見惚れた。
「そうだろう。持って行ってくれ……でも、この女神が君のところの粗野なオークどもに触れられ……運ばれると思うと、複雑だな」
サナはライナルトを睨みつけて「差別的な発言はやめて。彼らは私の大切な部下なのよ!」と怒った。
「怒らないでよ。俺が自分の作品を愛してしまうのは知っているだろう。たとえどんな相手だったとしても、愛する人を他の男に触れられるのは……」
サナは「じゃあ、あなたが運んでくれるかしら」と言った。
「そんなの無理だって、わかっているくせに! できるなら、自分で運ぶさ……俺の恋人なんだから」
「あなたは恋人を売り払うのね」
サナがそう言ってくすくすと笑うと、ライナルトは「じゃあ、売るのをやめるよ! 帰ってくれ!」と拗ねたように言った。サナは「悪かったわ。あの彫刻はもらっていく。いいわね」と笑った。
オークたちが馬車の荷台に彫刻を積みこむのを眺めながら、サナは魔法で顧客に連絡をしていた。
「ふふ、久しぶりね。ええ……ええ、あなたにぜひ買ってもらいたい彫刻があるの……ええ、そう。すぐに見に来てくれるのね。ありがとう」
顧客はライナルトの最新作だと知ると、見ても居ないのに、すでに購入を決めているような様子だった。
「ライナルト、すぐに売れると思うわ。ねえ、今夜、ディナーでもどう? 次回作の話でもしながら……」
「遠慮しておくよ。美術商の君にディナーを奢ってもらったら、高くつく。俺をこき使うつもりなんだろ?」
「あら。ディナーを奢っても奢らなくても、馬車馬のように働いてもらうわよ」
サナはそう言って笑うと「じゃあね」と馬車へ乗り込んだ。
馬車の中では、部下のオークたちがニヤニヤと笑っていた。
「何よ」
「やっぱり、ボスはあの彫刻家のことがお好きなんだなーと思って。他の連中をディナーに誘っているところなんて見たことがないし……」
「……今すぐ口を閉じて、そのニヤけヅラを何とかしないとクビにするわよ」
サナの言葉を聞いて、オークたちはすぐに身を正し、ニヤニヤもやめた。
サナはため息を吐いた。オークたちの言うことは何も間違っていない。彼女はライナルトを好いている。恋仲とまではいかなくても、今のビジネスだけの関係をやめられたらいいのにと常々考えている。
だが、彼が愛するのはあくまで自分の作品のみ。噂によれば、本物の女性には一切興味がないらしいという。普段のあの言動から、その通りなのだろう。どうしてあんな変わり者を好きになってしまったのやら。
◆ ◆ ◆
次の日、例の顧客が早速訪ねてきた。ライナルトの作品を見る前から、サナに小切手を渡した。
「買おう」
彼は貴族で、美術品に目がない。サナにとって、お得意様のひとりだった。
「嬉しいけど、見てからにしてちょうだい」
「どうして。その必要はないだろう。あのライナルトの作品だぞ。それに、君が連絡をくれた。それだけで、買う価値がある」
サナには男のいうことがさっぱりわからなかったが、上客に失礼な態度はとれない。だが、購入後のトラブルは避けたいので、何としても現物を見て欲しい。
「私が見てほしいのよ。今すぐ。すっごく素敵よ。女神の像なの」
「君がそんなに言うのなら……」
貴族はライナルトの像を見て、称賛の言葉をいくつか述べたあと、改めてサナに小切手を渡した。
◆ ◆ ◆
サナはライナルトのもとへ行くと、「あの女神の像が売れたから、お金を持ってきたわ」と金貨の詰まった袋を彼に渡した。
「そうか……君は、客ともディナーを楽しんでいるのか?」
「なんですって?」
サナが睨むと、ライナルトは「だってそうだろう。顧客とあんなふうに馴れ馴れしく話す美術商なんて見たことがないよ。例の男に買ってもらったんだろう。君を気に入ってるあの貴族の男に。君は美術品以外に何を彼に提供しているんだ?」と続けた。サナは思わずライナルトの頬を打った。
「ふざけないで。私は……そんな売り方はしていないわ」
例の顧客に敬語を使わないのは、彼がそうしてくれとうるさかったからだ。特段、親しいわけではない。ましてや、ライナルトが疑っているような関係ではない。
ライナルトは赤くなった頬を手で擦った。
「ご、ごめんなさい……私……」
「……帰ってくれ。それから、君にはもう作品を売らない」
「待って、私は……いいわ、わかった……わかったわ。もうここには来ない」
サナはさっさと帰った。ライナルトも、引き止めるようなことはなかった。そして、本当にそれっきり。彼女も言葉通り、ライナルトを訪ねることはなかった。これまでの取引の関係で、どうしても彼のもとへ行かなくてはいけない用事があるときは、部下のオークを使った。
◆ ◆ ◆
数カ月後、サナはある噂を耳にした。ライナルトが、どこの美術商とも取引をせず、自分で彫刻を売ることもなく、貯金を切り崩して生活していると。
流石に心配になったサナは、彼を訪ねた。ドアをノックしても、返事がない。鍵が開いていたので、そのまま家の中に入る。家の中は荒れていた。彫刻の削りカスや、彫刻刀や布が床に散乱している。何より気になったのは、酒の瓶があちこちに置かれていることだった。
(お酒は嫌いだと言っていたはずだけど……)
荒れた生活をしているようだが、作品は作り続けているようで、見たことのない像が増えていた。どれも女性の像で、サナによく似ていた。
「……」
サナは、ライナルトの姿を探し、奥へと進んだ。彼は寝室にいた。ちょうど、サナそっくりな彫刻を彫っているところだった。あまりにも集中しているので、声をかけるタイミングを見つけられずにいた。サナはしばらく、その様子を見守ることにした。
「サナ……」
彼はサナの名を口にしたかと思うと、像に口づけた。
「……っ」
驚いて、サナは後退りした時に、棚にぶつかってしまった。棚から何かがバサバサと落ちる。
「……誰? 君か」
こちらに気がついたライナルトは不機嫌そうに「勝手に家の中に入るなんて、どうかしているんじゃないか?」と言った。
「心配だったのよ。あなた、作品を売っていないんでしょう。この前のことは謝るわ。ごめんなさい。だから、また取引をしましょう」
「売るものはないよ。帰ってくれ」
ライナルトは冷たく言い放つと、彫刻作業を再開した。
「ねえ、どうして私の彫刻を作っているの? それも、ひとつやふたつじゃないわ」
サナは気になっていたことを、ストレートにライナルトに尋ねた。たくさんの自分を模した彫刻と同じ空間にいるというのは、不思議な感覚だった。少し居心地が悪い。
「自分の作品に恋をした男の話を知っているかい? 見かねた女神が、彫刻に命を与えてやった話を……」
「知っているけど、答えになっていないわ」
美術商なら、知らないわけがない。自分が思い描く理想の女性を彫刻し、それに恋をした哀れな男。彼は、彫像を本当の恋人のように扱い、来る日も来る日も人間になってくれと願い続けた。そして、ある女神が彼の願いを叶え、男は彫像だった彼女を妻にした……。
「俺は理想の女性を彫っている。でも、駄目なんだ。何かが違う。自分の思い通りに彫れないことなんて、初めてだ。どうして、男は理想の女性をつくれたんだろう」
ライナルトの理想の女性は、自分だということなのか。それとも、限りなくサナが理想の女性に近いけれど、少し違うと言いたいのか。
「あれは……神話だもの」
「そうだね。でも、俺は……俺の本当に理想だと思う女性は、手に入らないから。愚かだとは思うけど、神話にすがりたくもなるんだよ」
焦れったくなったサナは、「あなたの理想の女性は、私なの?」と聞いてしまった。しばらくの沈黙が流れ、聞かなければよかったとサナが後悔し始めたころ、ようやくライナルトは「そうだよ」と認めた。
「でも、君は俺の作品にしか関心がないだろ。俺から商品を手に入れるためなら、自分の心を殺して、ディナーにも行ける。きっと、その後も平気なんだろう。他の男にもそうしているんだから……」
「また頬を叩かれたいの? あなたが何を知っているつもりになっているのかわからないけど、ディナーに誘いたいと思ったのはあなただけよ。実際に誘ったのもね」
ライナルトが「嘘だ」と言った。
「あの男が……貴族の彼が、街で偶然会ったときに言ってたよ。君とディナーへ行ったって」
サナが「あの男!」と不機嫌そうに言った。そして、さらに「どうしてそんなことを言うのかしらね。一回も行ってないわ。夕食を食べている時にばったり会ったなんてことすらない」と続けた。
「……じゃあ、俺は嘘を吐かれたのか。なんだよ。それなら、君の誘いにさっさと乗ればよかった」
「そうよ、私をフリ続けて、ひどい人ね」
サナはそう言うと、ライナルトにキスをした。彼は一瞬驚いた様子だったが、すぐにサナを抱きしめて、キスを深めた。サナは少しずつ壁の方に押しやられながら、互いの服を脱がし合う。ふたりとも相手の裸体に釘付けで、服の置き場所なんて意識せずに、そこいらに投げ捨てていった。
「どうして君の彫像を彫れなかったのかがわかったよ」
ライナルトの言葉に、サナは頬を赤らめた。彼はサナを壁に押さえつけると、やや強引に唇を重ねた。それは舌が絡み合い、お互いの口内を探り合うような深いものだった。ふたりとも、呼吸が苦しくなるほどに激しく口づけあった。ライナルトは唇を離すとサナに愛の言葉を囁いて、それを言い終えると再びキスをする。それを何度も繰り返され、サナは幸せな気持ちではあったが、彼が自分を模した彫像にも同じようにしていたのかと思うと、少しだけ妬けた。
「あ……」
ライナルトの指先が、サナの胸元をなぞる。すでに硬くなった胸の頂きを優しく摘まれると、サナは甘い声を漏らした。やがて、彼の手はさらに下へ向かい、秘所へと到達した。ライナルトはその周辺を焦らすようにたっぷり愛撫したあと、肉芽に触れた。
「んっ……」
焦らされたせいか、サナの身体は敏感になっている。指先で擦られるたびに、サナの身体はびくびくと反応する。
「駄目だ。我慢できない。もう挿れてもいい?」
「ええ……」
彼はサナの右足を持ち上げると、秘所に自身を押し当てた。そして、そのままゆっくりと彼女の中へ沈んでいった。
「っん、ぁう……ん」
まだすべて入りきっていないが、すでに最奥まで到達している。ライナルトも感触でわかったのだろう。それ以上挿入しようとはせずに、緩やかに動き始めた。互いを貪り合うようにキスをし、彼は腰を動かす速度を上げていく。二人の呼吸は荒くなっていたが、互いをも求め合うことをやめようとはしなかった。
サナはライナルトの背中に腕を回し、抱きしめた。ライナルトが腰と片足を持ってくれていて、自分でも背中を壁に凭れさせることで何とか身体を支えていたが、何度も達したため、難しくなってきていた。しがみつくように彼を抱きしめることで、何とか片足で立ち続ける。
彼女の腰と脚を支えているライナルトは、サナの身体が小刻みに震えていることに気がついているだろう。自分が与える快感によって、達していることも。
ライナルトは最後に最も深くサナを突き上げると、そこで白濁とした液体を放出した。そして、そのままの姿勢で二人は暫くの間、深く口づけあった。
◆ ◆ ◆
サナは、部下のオークたちを連れて、いつものようにライナルトを訪ねていた。彼の作品は今回も素晴らしいもので、すぐに買い手が見つかりそうだ。サナは「私の彫像も売れば? いくつもあるんだし」と言ったが、ライナルトは断固拒否した。あのサナを模した彫像たちを、彼は見えるところには飾らなくなったが、どこかできちんと保管しているらしかった。
「ねえ、今日、ディナーでも行かない?」
「もちろん行くよ」
「じゃあ、仕事終わりにまた来るわね。店は、私が予約しておく」
サナはライナルトにキスをした。そんな二人を、部下のオークたちはニヤニヤしながら見守るのだった。