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彼氏の話(NL/無理やり/幽霊)

 サナはスコップを地面に突き刺すと、そのまま座り込んだ。

「はぁ……はぁ……」

 終わった。これで、全て終わらせることができた。サナは立ち上がると、スコップを持って車に乗り込んだ。

 あれからどれくらい経っただろう。ある日、サナのスマホに留守電が残されていた。番号を確認すると、“非通知”。嫌な予感がしたが、サナはその留守電を再生した。

『久しぶり。俺、俺だよ、俺。今日、家に行ったんだけど、留守だったからさ……お隣さんに荷物を渡しておいたからさ、受け取っておいて。お隣の、ナカムラさんね』

 間違い電話かとも思ったが、サナの部屋の隣はナカムラだ。サナは、一応ナカムラさんを訪ねることにした。

「ああ、うん。今日ね、ウルシマさんの彼氏が来て、留守みたいだからって、これを置いていったわよ」

 ナカムラさんは人の良さそうな笑顔を浮かべながら、紙袋を手渡してきた。

「私……彼氏は居ないんですけど」

 ナカムラさんは一瞬大きく目を見開いて固まった後、吹き出した。

「あらあら、若い子はもう……照れちゃって。いいじゃない、いいじゃない。なかなかイケメンで羨ましいわぁ。それじゃ、渡したからね。おやすみなさい」

 そう言って、ナカムラさんはドアを閉めた。

 サナは自室に戻ると、紙袋の中身を確認した。紙袋の中身は、サナの好きなクッキーだった。

「私に、彼氏は居ないのに……」

 サナはクッキーを紙袋に戻すと、そのままゴミ箱に押し込んだ。

 夜中、サナは目を覚ました。いつもは、どんなことがあっても朝までぐっすり眠ってしまうのに。目をゆっくりと開ける。しかし、真っ暗で何も見えない。かろうじて、外からの光で窓の輪郭がわかるくらいだった。

 お隣さんの物音か、自分の寝息か。とにかく、なにかのせいで目が覚めてしまったのだ。しかし、そのなにかは、何でもないようなことだ。自分にそう言い聞かせながら、サナは目を瞑った。

「起こしちゃった?」

 すぐ側で男の声がした。サナは一人暮らしだ。兄弟も居なければ、彼氏もいない。きっと気の所為だ。窓の外は大通りだから、酔っ払いが電話でもしながら歩いていて、その声が響いて、すぐ側で聞こえたように思えただけだ。夜は静かだから、変な響き方をして、そういうふうに聞こえた。それだけだ。

「ねえ、起こしちゃった?」

 やはりすぐ側で聞こえる――気がする。なんとなく、土っぽいにおいがする――気がする。全部気のせいなのだ。この部屋にはサナしかいない。誰かの声も気配も、するはずがない。

「……ッ」

 布団越しに、サナのお腹の上に手が置かれた。その手は優しく布団を撫でている。

「怒ってる?」

 今度は、先ほどよりもずっと近く――耳元で聞こえた。サナはゆっくりと目を閉じた。眠ろう。全て気の所為だ。目なんて閉じてしまえ。万が一にでも“おかしなもの”を見る可能性があるとしたら、それは目を開けているせいだ。

 湿った肉厚のなにか――冷たい舌のようなものがサナの耳を舐める。ぞくぞくする。恐怖からか、快感からかなのかはわからない。

「クッキー、どうして捨てちゃったの?」

 お腹の上に置かれていた手が、胸をまさぐる。

「お隣さん、いい人だね。俺のこと、イケメンだって」

「……」

 そんなはずがない。”彼”がここにいるはずがない。だって彼はサナが――。

「やっぱり聞こえているよね」

 これまでよりもずっと大きく、はっきりとした声。サナは思わず目を開いてしまった。暗くて見えないはずの空間に、怒髪天を衝く形相でサナのことを睨みつけていた。

 あまりの恐怖に、サナは気を失った。

 朝日が顔にあたっている。眩しさでサナは目を覚ました。

 よかった。夢だったんだ。

 そうつぶやいたとき、直ぐ側で「夢じゃないよ」という男の声がした。サナは、ゆっくりと声の聞こえた方向を向いた。そこには、“彼”がいた。

「あ……私……そういうつもりじゃなかったの……あんなことするつもりじゃ……」

「どうしたの? そんなに怯えて。幽霊でも見たような顔しちゃってさ。昨夜もずーっと怒って無視してくるし。流石に俺もイラッとしちゃったよ。わざわざ遠くまで買いに行ったクッキーもゴミ箱にポイ、だもん。俺、鈍いし、いっつもお前がどうして怒っているのかわかってやれないからさ。お前が怒り始めたら、ご機嫌を取るしかねえってのに」

 “彼”は、自分が亡くなったことに気がついていないらしかった。サナは、小さな声で「別に怒っていないよ」と言った。その言葉に彼は安心したらしく、嬉しそうに「よかったぁ」と笑った。

 よかった、はサナのセリフだ。

「ねえ」

 自分が死んだことに気がついていないということは――。

「じゃあ、どうして俺のこと殺したの?」

「……!」

 部屋の温度が急激に下がったかのように感じた。背筋を嫌な汗が流れていく。嫌な冷たさで、体の芯が凍りつくようだ。彼の青白い手が伸びてきて、サナをベッドに押し倒した。

 彼はサナの意志などお構いなしに、彼女の衣服を脱がせていく。あっという間に下着も脱がされ、サナは一糸纏わぬ姿となった。ちっとも濡れていない割れ目を、彼の冷たい指が撫でる。

「俺たち、上手くいってたよね?」

 愛液で濡れていない蜜壺に指を挿れられると、傷口に触れられるような鋭い痛みが走る。

「痛っ……」

「痛い? でも俺はもっともっと痛かったよ。死んじゃうくらい痛かったよ」

 サナの目に涙が溜まる。痛みのせいか、恐怖のせいかはわからない。

「駄目だ、全然濡れないや。そうだ、サナが好きだったクンニならどうかな」

 抵抗するサナを押さえつけて、肉芽を舐める。彼は、ふるふると震えながら、少しずつ硬くなるそれを逃すことを許さず、舐め続ける。舌で刺激され続けた陰核は赤く充血して、膨張し硬くなっていく。そのすぐ下にある蜜壺からとろとろと愛液が流れる。

「はぁ……ふ、ぁあ」

「やっぱり好きなんだ、これ。気持ちいい?」

 サナは首を横に振った。彼がため息を吐いた。

「嘘つき」

「……!」

 サナの蜜壺に、彼は勢いよく自身の雄を突き刺した。散々肉芽を刺激されて敏感になっているサナは、その快感に抗うかのように身体を反らせた。そして、その口から発せられたのは、悲鳴ではなく嬌声である。

「あ゛っ! あん……ん……」

 それでもサナは抵抗を試みる。しかし、男根に何度も貫かれるうちに、その力もだんだんと弱くなる。

「あん……ぁう……ん……ぉあ……」

 こんな風に、彼と何度も愛し合った。身体はそれをよく覚えている。きっとサナの中は彼の形になってしまっているに違いない。

 彼は彼でサナのことをよくわかっていて、彼女のいいところを攻め続ける。

「あ゛っ! イクッ……ん、は……」

 サナの身体がびくんと跳ねる。その後も、何度も何度も突き上げられ、サナは甘い声を漏らした。どれくらいの時間が経っただろう。彼は小さく唸り声をあげた後、動きを止めた。

 あれで終わりだと思った。しかし、彼が消えることはなかった。こんなこと、誰にも相談できない――いや、一人だけいた。サナはバンノと名乗る女に連絡をとった。一度しか会ったことのない女だったが、「怖い話が好きなんです。面白い話があったら、教えて下さいよ」と言っていた。力にはなってくれそうにないが、とにかく誰かに話を聞いてもらいたかった。サナのメールに、彼女は「ぜひお話を聞かせてください」と返信してきた。

 駅前で待ち合わせをして合流した後、適当なカフェにでも入ろうということになった。

「何名様でしょうか」

 バンノは指で2を表しながら、「二人です」と答えた。店にほとんど客は居なかったが、他よりも狭い二人がけのテーブル席に案内された。店員は、「ご注文が決まりましたら、お呼びください」と、メニューと水をそれぞれ一つずつ、バンノの前に置いた。

「ええと……すみません、お水、もうひとついただけますか」

 バンノがそう言うと、店員は「失礼しました」と水を取りに行ってくれた。

「ウルシマさん、静かなお店でよかったですね。ここなら、ゆっくり話ができますよ。とりあえず、何か頼みましょうか。ウルシマさん、先にメニューをどうぞ」

「……」

 なんだかぼうっとする。サナはバンノの言葉に応えることもなく、彼女が自分に向けてメニューを差し出すのを、他人事のように見ていた。

「ウルシマさん?」

「……」

「ウルシマさん……大丈夫ですか?」

 バンノは心配そうに、サナの肩に触れた。彼女の身体は服越しでもわかるほど冷え切っていた。

「……バンノさん、おかしな話してもいいですか?」

「え……? ええ」

「幽霊って、いろんなことを忘れちゃうらしいんですよ。自分が死んじゃったこととか、自分の名前でさえも……どんどん忘れちゃうんですって。でも、どうしてでしょう。私、今日話そうと思っている”彼”の名前を思い出せないんです」

 バンノはゆっくりとメニューをテーブルの上に置いて「そうなんですか。私は聞いたことないなぁ」と言いながら、カバンの中からメモを取り出して何やら書き始めた。サナの言ったことをメモしているらしい。

「バンノさん、教えて下さい」

 サナはバンノの腕を掴んだ。驚いたのか、バンノは「わッ……」と小さな悲鳴をあげた。

「私って……生きてますよね?」

 バンノの腕を掴むサナの手は、氷のように冷たかった。