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郷に入っては郷に従え(NL/無理やり/人外)

aaa様のリクエスト作品です。リクエストありがとうございました!


「うーん、頑張ってるのはわかるけど、”ネットの都市伝説”なんて今更感が強いし、そもそもウチで前にやった内容ほぼそのまんまだし……せめて、何か新しい要素がないと」

 編集長はサナの原稿に一通り目を通した後、そう言った。

「あの……新しい要素って、例えば……何ですか? 参考までに教えてほしく――」

 サナの言葉を遮って、編集長は「あのさ、それを自分で考えてきてくれないと! 俺が例えば~っていくつか挙げたら、ウルシマさん、それをそのまま書いて持ってくるでしょ? それじゃあ、意味ないのよ。記事としては完成するよ。でも、ウルシマさんのためにはならない」と、机を人差し指でトントンと叩きながら言った。編集長が苛ついたときにやるクセ。サナは俯き、「すみません……」と小さな声で呟くように謝る。

「謝らなくていいから。ほら、頑張って。いつでも、相談には乗るからさ……」

 編集長の声色は優しい。編集長は言葉通り、いつだって相談に乗ってくれるし、先ほどのように、忙しい合間を縫って、サナが書いた企画案や記事を見てくれる。

(それなのに……)

 自席に戻ったサナは溜め息を吐いた。

 いくら「頑張って」と言われても、どう頑張ったらいいのかわからない。何を頑張りたいのかもわからない。まるで、頭の中に靄がかかっているようで、自分がどうしたいのか、自分自身ですらわからないのだ。

 思えば、学生時代からそうだった。本を読むのが好きだったから、本に関わる仕事がしたいと漠然と考えていた。記者、ライター、編集……それらの職業がどう違うのかすらよくわからないまま、自分から知ろうともしないまま。流され続けた結果、気がつけば、ホラー専門誌の編集部に所属していた。

 サナがぼんやりと働いている間も、さらに時間は過ぎていった。自覚も実力もないままに、いつの間にか、年齢的には中堅になっていた。すでに後輩も二人いる。本来であれば、サナがその二人にあれこれ教えてやる立場なのだが、実際はというと、教えてやることよりも、優秀な後輩二人に教えられることの方がずっとずっと多い。

 編集部は、廃墟のような雑居ビルの一室にある。変色した書類が乱雑に置かれ、煙草のヤニで黄ばんだカラーボックスにはボサボサ頭の日本人形や、どこかの国の置物が並べられている。本棚にはオカルトや民俗学系の本、古い雑誌類がぎゅうぎゅうに詰められ、床に敷き詰められたタイルカーペットは角のほうが剝がれ始めている。不気味なおんぼろオフィス。

 昨晩、同級生が某SNSにアップしていたお洒落なオフィスの写真を思い出すと、また溜め息が出てしまった。

(他人と自分を比べても仕方がない……仕事をしよう)

 パソコンに向き直った矢先、机の端にぱたりと封筒が置かれた。顔を上げると、後輩が「ウルシマさん宛てです」とだけ言って、サナのお礼すら聞かずに去っていった。

 封筒には「ウルシマ サナ 様」と達筆で記されている。見覚えのある字なのだが、誰のものだったか思い出せない。サナは首を傾げながら、封筒の裏を確認してみる。差出人は「ウマノメ コタロウ」。懐かしい名前に、サナは目を見開いた。

 ウマノメは、優しくて面倒見の良い先輩だった。サナを可愛がってくれて、丁寧に仕事を教えてくれただけではなく、落ち込んでいる日には酒を奢ってくれた。

 そんなウマノメが編集部を去ってしまったのは、去年の夏頃。編集長からは「一身上の都合で退職した」と聞いたが、サナは納得ができなかった。

(だって、ウマノメ先輩が、私に何も言わずに辞めるなんておかしいもん……)

 封筒の中には便箋が一枚と、古い新聞の切り抜き……それから、ウマノメがいつも持ち歩いていたメモ帳が入っていた。

 ◆ ◆ ◆

「ウマノメが退職前、最後に取材していた村か……」

 編集長はウマノメのメモ帳を熱心に見ている。

「はい……ウマノメさんがやり残した仕事だから……私が引き継ぎたいんです。お願いします……」

 編集長は少し考えてから、「いいよ、行ってきな、■■■■■村。……ただし、しっかり取材してこいよ」と言ってくれた。

 ◆ ◆ ◆

 新幹線の中、サナはウマノメのメモ帳を読みながら、初めて“頑張りたい”と思えた。それが、ウマノメへの恩返しになるような気がした。

 ただ、少しだけ気になることがあった。ホラー専門誌の編集部に所属している以上、気味の悪い話を取り扱うのは常だ。だが、ウマノメのメモ帳に貼られた付箋が気になった。

『行くかどうか、よく考えろ』

 赤いインクで書かれたこの文字は、誰へ向けられたメッセージなのだろう。自分で自分にそんなことを宛てて書くとは思えないし、サナに宛てているのだとしたら、尚更わけがわからない。便箋には「ぜひ、ウルシマさんにこの取材を引き継いでほしい」と書いてあったのだから。

(いいや。どうせ、私には考えてもわからない……。今のうちにメモに目を通しておこう)

 ◆ ◆ ◆

 ■■■■■村は、■県の北部に位置する。面積は■■トンネル10本分程度しかなく、人口も50人未満と非常に少ない。農業が盛ん。

 資料によれば、■■■の時代に、■■■■■村は酷い飢饉に見舞われている。そのとき、偶然通りかかった旅の僧侶が、神の迎え方を教えている。以下は、資料の書き起こし。

 ■■年のころ、当村一円、ひどき凶作に遭い、民百姓ことごとく飢ゑに迫られし折、折から旅の僧一人、村境を越え来たり、神を降ろすの法を密かに伝え置きたり。

 その法、さほど煩わしきものにあらず。もっとも、平生なれば決して行うべき儀にあらねども、このまま座して餓死を待つよりは、なおましなる所業と、村役人一同これを許しぬ。

 その次第・作法の詳細は、書き記すことを避け、代々、村の長より口伝にてのみ伝え置くべし。神を再び降ろす必要、今後あるまじきことを願うが、万一の折のため。

 かくして■■■■■村に降り来たりし神は、思いのほか人なつこく、あたかも世の好青年のごとき振る舞いを見せ給う。

 これより後、■■■■■村において、再び飢饉の憂き目を見ることは、まずあるまじきことと存ず。

 記録と情報提供者の話が正しければ、今も■■■■■村には神がいることになる。

 ◆ ◆ ◆

 サナはパタンとウマノメのメモ帳を閉じた。あまりにも荒唐無稽な話だ。神仏や信仰に関する話はこれまで幾度も見聞きしてきたが、実際に神がそこにいるらしいなんて話は聞いたことがなかった。

 だが、オカルトファンが望んでいるのは、ロマンなのだ。正確な情報や、無粋な真実を見たがっているわけではない。

 神がそこにいるらしい。その人が神だと言われているらしい。

 不完全さから漂う”それっぽさ”に魅力を見出しているのだ。真実にロマンが一滴も含まれていないとは言わないが、世の中には解明されないからこそ、人を惹きつけるものもある。

 ◆ ◆ ◆

 ■■■■■村に着いたのは、すっかり陽が沈んだ頃だった。先ほどまで乗っていたバスが、暗い山道へ消えていく。車輪の動きが悪くなった古いキャリーを引き摺るようにしながら、予約しておいた旅館を探す。街灯もろくにない村内は暗く、人の姿も見えない。遠くの方でフクロウらしき鳴き声が聞こえているくらいで、あたりは静まり返っている。

 旅館に着くと、眉毛まで白くなった女将が深々と頭を下げ、「外からいらっしゃった方に、お願いしていることがございまして。わたくしどもの神様にご挨拶をお願いしたく。お疲れでしょうが、この村の決まりですので……」と言った。

 サナは、こっそりボイスレコーダーで録音をはじめた。

 女将によれば、神は山に住んでいるらしい。

 低めとはいえ、ヒールを履いてきてしまった自分を恨みながら、女将の孫だという男のすぐ後ろをついていく。

「ウルシマさんは、どうして■■■■■村へ? こんなところ、なぁんもないのに」

 サナは悩んだ。素直に記者だと言えば、警戒されてしまい、ろくに話を聞きだせなくなるかもしれない。

 新人時代、ウマノメが教えてくれたことを思い出す。

 ――嘘を吐くときは、本当のことを少しだけ混ぜろ。

「実は、知人に薦められたんです。■■■■■村は良いところだから、一度行ってみなって。自然が豊かで、静かに過ごすには良い場所だからって」

「へえ。じゃあ、ウルシマさんの知人は、この村に来たことがあるんですねえ。……ウルシマさんの言う知人ってのは、ウマノメさんですか?」

 どきりとした。だが、冷静に考えてみれば、そもそもこの村に訪れる者が少ないのだろう。変に否定しても、怪しまれるだけだ。

「ええ、そうです。ご存知だったんですね。ウマノメさんから、この村のことを聞きました」

「そうですかぁ。ウマノメさんねぇ……感じの良い人だったんですけど、俺に挨拶しないっていうし、勝手に社に入るし……」

 男の声が少しずつ、低くなっていく。

(お、怒っている……? それに今、「俺に挨拶」って言った……? どういうこと……?)

 男がくるりと振り返った。男の口角は不自然なほど上がり、目は三日月のように細められている。

「ウマノメさんと違って、察しが悪いんですねぇ。■■■■■村に降ろされた神っていうのは、俺なんですよぉ、ウルシマさぁん……」

「な、何を言って……」

 男が、サナを冷たい地面に押し倒す。土に含まれた水分が、サナの背中を僅かに濡らす。

「や、やめてください……! 何をするんですか?!」

「やめない、やめない。可哀想なウルシマさん。ねえ、ウマノメさんとはどういう関係だったんです? ウマノメさんはねぇ、神を降ろす方法を知るために、村長と取り引きをしたんですよぉ。村長も悪いヤツですよねえ。神降ろしの儀を教える代わりに、俺に生贄を差し出せ、だなんて。その生贄が、ウルシマさんなんですよぉ……」

「う、嘘だ……! ウマノメさんが……」

 男はサナの衣服を切り裂いていく。暗くて良く見えないが、刃物を持っているのだろうか。あるいは、酷く鋭い爪を持っているか……。

「ウマノメさんの家の最寄り駅、知ってます? お子さんがおいくつか、知っていますぅ? どうせ、知らないでしょう。あなたにとっては大切な先輩だったかもしれませんが、ウマノメさんにとってあなたはただの後輩ですよ。仕事上、やむを得ずそこそこの付き合いをするしかない、こーはぁ~い……はははは」

 サナは「そんなことない」とは言えなかった。ウマノメがどこに住んでいるのかわからないし、子どもが何歳かのみならず、何人いるかもわからなかったから。黙るしかなかった。

 湿った温かな舌が、べろりとサナの頬を撫でる。

「可哀想なウルシマさぁん……ははははは……」

 舌は頬から首筋、胸、腹部を這っていく。下着越しに肉芽を舐めながら、男はくつくつと笑っている。

「ウマノメさんが、ウルシマさんを生贄に選んだ理由がわかるような気がしますぅ。奥さんを生贄に差し出すわけにはいきませんもんね。……でも、仕事のどーでもいい……いや、役立たずの女なら……ふふ、ふふふふふ……」

 サナは蹴ったり、殴ったりしてみるが、男はびくともしない。不愉快な笑い声も、止む気配すらない。とうとう下着をずらされ、秘所が露わになる。

「村の連中がねえ……子どもがいないってうるさいんですよ。でも、命を生み出すのって、結構疲れるんですよねぇ。だから、生贄との間にたくさん作ればいいかなって。俺、賢いでしょう……?」

「は……? 何を……いやぁああッ」

 熱いものが、サナの身体を貫いた。彼女の瞳から、涙が零れる。

「い、痛い……やめ……ぁあッ、いや……」

 男はサナのことなどお構いなしに、腰を動かし始めた。暗い山中に、サナの悲鳴が響く。だが、五分と経たぬうちに、悲鳴は甘い叫びへと変わり始めた。

「も……や、やめ……んっ……」

 こんな山中で、わけのわからないことを言う男に組み敷かれているというのに、自ら腰を動かし始めている自分に嫌気がさした。

「なかなかいいじゃないですか……あぁ……俺たち、これから上手くやっていけますよ。毎日、毎日……楽しく過ごしましょうねえ……」

 最奥まで突かれるたび、身体の中心に甘い痺れが走る。このまま、この村で暮らして、この男に抱かれるだけの生活も悪くないかもしれない。そう思ってしまう自分がいた。だって、日常に、あのおんぼろオフィスに戻って、どうするというのか。あそこでは、誰もサナを求めてなどいない。

 愛液が大地を濡らし、肉と肉のぶつかり合う音が静かな山の中に響いている。深く深く貫かれ、サナは快感の波に攫われていく。……自らの意思で。

 サナは男の背中に腕を回し、そのまま抱き寄せた。男は一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐにあの不自然な微笑みに戻った。そして限界まで突き続けたあと、身震いをしてから、白濁とした熱いものをサナの中にぶちまけた。サナは男を抱いたまま、空に浮かぶ白んだ三日月を眺めていた。

 初めて、自分で何かを選んだという実感があった。自分は日常から逃げたのではない。捨ててやったのだ。

 再び男が動き始めるのを感じながら、サナはまた快感の海へと沈んでいった。

 ◆ ◆ ◆

 サナが■■■■■村で暮らし始めて、半月が経とうとしていた。この村にも、男にも不満はない。ただ、ひとつだけ。どうしても確かめたいことがあった。

 サナはこっそり村を抜け出すと、バスに乗り、駅前の電話ボックスに入った。公衆電話に小銭を投入し、ウマノメのメモ帳の内側に書かれた番号を押す。番号のすぐ上には「自宅」と書かれている。

 数回呼び出し音が鳴ってから、「はい」と女性が電話に出た。サナが名乗り、ウマノメの元同僚であること伝えると、電話に出た女性はウマノメの妻だと言った。そして涙ぐみながら、ウマノメが自ら命を絶ったことを教えてくれた。サナはお悔やみの言葉を口にした後、静かに電話を切った。

「……」

 ただ、本当にウマノメが、サナを生贄として差し出したのかを知りたかった。もし、本当に生贄として差し出していたとしても、ウマノメに恨み言をぶつけるつもりはなかった。久しぶりに声が聴きたい。元気そうにしてくれているなら、それでいい。そう思っていたのだが……。

 コンコン……と、電話ボックスがノックされた。振り返ると、あの男が立っていた。

「サナさん、帰りましょう?」

 サナは静かに頷いた。

 ◆ ◆ ◆

 私は静かに受話器を置いた。

 夫が亡くなったのは、半月ほど前のこと。遺書は、私への謝罪でいっぱいだった。

『すまない。本当にすまない。どうしても知りたいことがあって、お前を生贄に選んでしまった。どうか許してほしい――』

 情けのない男だ。勝手に人を生贄に捧げ、罪の意識に耐えられず、自ら命を絶った。我が夫ながら、本当にくだらない男だった。

 くだらないと言えば、夫は、気味が悪いだけのくだらない記事を書く仕事をしていた。文章を書くのは好きなくせに、自分の字は汚いからと、私に代筆をさせていた。記事のほとんどはパソコンで打っていたが、お礼の手紙やら、手書きの伝票、録音の書き起こしまで私に書かせていた。

 だから、ウルシマに夫のフリをして手紙を書くのは簡単だった。

 私は、ウルシマという女が嫌いだった。夫の優しさに甘えて、夜の11時まで残業に付き合わせるような女なのだ。夫が「可愛い後輩」としてあの女の話をするたび、虫唾が走った。

 けれど……彼女を自分の身代わりとしてしまうことに、一切良心が痛まなかったわけではない。だから、メモ帳に『行くかどうか、よく考えろ』という付箋を貼っておいた。

 忠告はした。あの村へ行くかどうかを決めたのは、あの女自身だ。私は悪くない。絶対に。それなのに……。

『そうですか……どうか、気を落とさないでくださいね。あの……また、電話しますね……』

 ウルシマと電話で話してから、涙が止まらない。私は悪くないのに。言いたくない言葉が、喉の奥から漏れ出す。

「ごめんなさい……」