その日、サナはせっかく旅行に来たのにとも思いつつ、早めに眠ることにした。かなり歩き回ったこともあり、肉体的にも疲れていた。そのせいか、横になるとすぐに眠りについた。
夜中、サナは暑くて目を覚ました。つけて寝たはずのエアコンが消えている。体を起こし、電気をつけようとするが、電気もつかない。
「停電?」
スマホで足元を照らそうと考えたが、眠る前にどこに置いたか思い出せない。サナは足元に気を付けながら、明かりの漏れる窓の方へ行くと、カーテンを開け、窓を開けた。
汐の香りと、やや涼しい風が部屋に入ってくる。
窓から差し込む月明かりのおかげで、スマホが布団の側に置かれているのが見えた。
布団の側のスマホを拾い、時間を確認する。深夜1時だった。
昼間の男性に停電を知らせようかとも思ったが、窓を開けていれば十分涼しいのだから、こんな遅くにわざわざ起こす必要もないだろう。
その時、窓の方で物音がした。
窓を見ると、月明かりを背に、人影が部屋に入ろうと窓枠に脚をかけているのが見えた。
サナは慌てて部屋を出ようとしたが、侵入者が部屋に入り、サナを捕まえる方が早かった。
強い汐の香り。
濡れた手足で布団の上に組み敷かれる。サナが叫ぼうと口を開けた瞬間、唇を唇で塞がれた。舌で無理やり口内に侵入されてしまう。口内にしょっぱい味が広がる。
暗闇に目が慣れてきたころ、サナは自分を組み敷いている者が何者かを知った。
それは間違いなく、昼間の魚人だった。
サナは抵抗しようと魚人の体を引っ掻いてやろうとしたが、外皮は固く、爪にウロコが引っかかるだけだった。
しょっぱい舌がサナの歯列をなぞる。水かきのついた手で胸をまさぐられる。旅館の浴衣の胸元に手を挿し込まれ、冷たい海水を纏った手が肌に直接触れてくる。少しざらざらしていて気持ち悪い。
「ふ、ふぐ……」
声を上げようとするが、口の奥まで挿し込まれた舌がそれを邪魔する。
このままではきっと犯されてしまう。そう思った瞬間、魚人が体を離した。
「明日モ、アノ岩場ニキテ」
そう言い残すと、魚人は部屋に入ってきたときと同じくらい素早く、窓から出て行った。
サナは慌てて窓を閉めた。いつの間にか電気が復旧していたらしく、エアコンが動いている。電気をつけると、布団と畳が海水でぐっちょりと濡れていた。