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廃墟見学(NL/無理やり)

 サナは、自分の動画の再生数を見てため息を吐いた。他の投稿者のそれと、何が違うのだろうか。サナの動画の再生数は3桁にも届かず、コメントをしてくれる人は居ない。

 投稿している動画はというと、ホラーゲームを実況してみたり、オカルトについて語ってみたり……もう少し再生数が伸びてもおかしくないはずなのに。登録者も全く増えないので、つまらなくなってしまい、最近は動画を撮る気すら起きずにいる。

 そんなサナに、1件のダイレクトメッセージが届いた。

『はじめまして。いつも楽しく動画を拝見しています。最近、更新の間隔が空いているようで、少しさみしく感じてしまい……。お忙しいとは思いますが、もし可能であれば、また定期的に動画をアップしていただけたら嬉しいです。もし、ネタにお困りなのでしたら、廃墟探索の動画なんてどうですか。これからも応援しています』

 自分のファンがいたのだと思うと、嬉しくなった。それと同時に、その貴重なファンを喜ばせてやりたくなった。

 廃墟の動画を撮ろう。心霊スポットだとか大きく書いて、ちょっとした物音に対して悲鳴をあげて……どんどん動画を撮りたくなってきた。だが、肝心の場所はどうしよう。調べてみると、有名な心霊スポットは、ほとんど行き尽くされていた。今更、他の人と同じ場所に行っても仕方がない。サナは悩んだ。

 何日か悩んで、ふと、地元の心霊スポットを思い出した。心霊スポットと言っても、単に友人同士であの場所は呪われているだの、夜には女の悲鳴が聞こえてくるだの、好き勝手に言っていただけの場所だ。

 ■ホテルという場所だ。バブルの頃に建てられた。案の定、バブル崩壊と同時に、ホテルの営業も終了した。調べてみると、■ホテルの動画はおろか、ネット検索にも引っかからなかった。ここに決まりだ。

 ◆ ◆ ◆

 暗い山道を車で走っていた。さすがのサナも怖かったので、少しでも落ち着くために流行りの曲を流している。幽霊がどうとかいうより、不法侵入で警察のお世話になったらどうしようという現実的な恐怖だ。建物の管理者に連絡を取れれば良かった。だが、ネットで検索してもヒットしない建物の管理者をどうやって見つけられるだろう。少なくとも、サナには無理だった。

 そもそも、ホテルがやっていたのはもう何十年も昔のことになる。管理者が存在するかも怪しい。建物だって、残っていたとしてもすっかり朽ち果て、入るには危険な状態の可能性もある。ネットで見られる航空写真には、ホテルらしきものが写っては居たが、建物の状態まではわからなかった。

 しばらく走り、ようやく目的地に着いた。ホテルは、サナの記憶の中の姿そのままだった。想像していたよりも、状態がいい。不思議なことに、落書きはひとつもなく、窓を覆う木の板もない。ガラス一つ割られていない。外壁の塗装こそ、ところどころ剥げているものの、それ以外の損傷は見られない。

 サナは適当なところに車を停めると、カバンを持って降りた。カバンの中には、動画を撮影するためのコンパクトなカメラと、バールが入っている。

 正面玄関に近づいていく。大きなガラス扉のハンドルには、ぐるぐると太い鎖が巻き付けられ、南京錠でしっかりと固定されていた。

 ぐるりと建物を一周して確認したが、一階の窓はすべて施錠されていた。どこかのガラスを割ってしまうか、南京錠を壊すかしないと、侵入するのは無理そうだ。

 もし、誰かに見つかって、弁償させられる羽目になったとしたら。窓ガラスより、南京錠の方が安く済むだろう。サナはカバンからバールを取り出すと、大きく振りかぶった。

「何をしている!」

 唐突に背後から怒鳴られると同時に、ライトで照らされた。びくっと体を震わせ、急いで振り向く。そこに立っていたのは、若い男だった。その格好からすぐに、警備員だとわかった。

「え、えっと……」

 まずい。こんなにすぐに見つかってしまうとは。なんて言い訳しよう。サナが悩んでいると、警備員は「バールを下ろせ。下に置くんだ」と低く怒鳴った。サナは大人しく彼に従うことにした。バールを地面に置くと、警備員が「こんな時間に、ここで何をしているんだ?」と聞いてきた。

 カバンからは、カメラが覗いている。言い訳は難しそうだ。それならいっそ、正直に言ってしまおうか。

「実は……動画を撮りに来たんです」

「……つまり、君はこのホテルの中を撮影したいのか?」

 サナはこくりと頷く。警備員はため息を吐き、少し考えたあと、「しょうがないなぁ。いいよ。でも、俺と一緒に回るんだ。中をめちゃくちゃにされちゃ困る。そのバールでね」と笑った。

 ついている。こうも上手くことが進むとは。警備員はウヅキと名乗った。彼は鍵の束をポケットから取り出すと、南京錠を解錠し、入り口のハンドルに巻き付いていた鎖を外した。続いて、ガラス扉の鍵も解錠する。重そうなガラス扉を大きく開けると、「さあ、どうぞ」とサナに言った。

 二人がホテルの中に入ると、ウヅキは入り口の扉の鍵をかけた。

「どうして、鍵を?」

「開けっ放しにしておくと、猪や狸が入り込むんだよ。酷いときには熊がね。それから……君みたいな人間が勝手に入ることもある。いくら閉館しているとはいえ、鍵をかけないのは不用心だ。それよりほら、動画撮影とやらはいいのか?」

 サナはカバンからカメラを取り出すと、録画を開始した。音声は、あとから付け加えればいい。ウヅキの前で色々話すのは、流石に恥ずかしかった。

 外観同様、ホテルの内部も荒れていなかった。それどころか、つい昨日まで営業していたのではないかと思うほど、綺麗だった。電気は止まっているようだから、灯りはサナのカメラのライトとウヅキの持つ懐中電灯の光のみ。バブル時代の建造物らしく、下品なほどの豪奢な装飾があちこちに施されている。ここはロビーだろう。受付を行うカウンターに、客が座るためのソファ。中央には大理石でできた噴水まである。

 サナはロビーをくまなく撮影したが、ずっとがっかりとした気持ちだった。これでは、何も怖くない。暗いだけだ。営業中の、ただ人が居ないロビーを撮影しているのとそう変わらない。

 その後もウヅキに案内されて、大浴場や宴会場、結婚式場などを一通り回って撮影したが、どこもロビー同様、綺麗だった。

「次は……客室を案内しようか」

 エレベーターは動かないから、二人は階段を使った。ウヅキは客室のひとつに鍵を使うと、「ゆっくり撮影しな。外で待っているから」と言った。サナはドアを開けると、部屋に入った。

 中は廊下同様、暗かった。部屋にはダブルベッドがあって、最近ではほとんど見ることがなくなったブラウン管テレビが置かれている。相変わらず綺麗で、面白みに欠ける。だが、せっかく来たのだし、バスルームも見ていこう。バスルームの扉を開けた瞬間、サナは悲鳴をあげた。

 バスルームのシャワーカーテンが着けられている鉄の棒に、輪っかの形をしたロープが揺れていた。バスルームの床や浴槽の底には赤黒い何かで濡れていた。

「血……?」

 赤錆かも知れない。だが、それはつい先ほど流れた血のようにも見えた。サナはそれをしっかり撮影すると、録画を停止し、満足そうに微笑む。素晴らしい。これなら、ちゃんと怖い。ウヅキが気を利かせて、この客室を選んでくれたのだろう。お礼を言わなくては。サナはバスルームを出ると、客室の扉を開けようとした。だが、なんとなく、ドアスコープを覗きたくなった。

「ひッ」

 覗き込んだ瞬間、サナは悲鳴をあげた。ウヅキがドアスコープの前に立ち、無表情でこちらを見ていた。

 少ししてから、サナは「あはは」と笑った。そうか、そういうことか。彼は、サナを怖がらせるつもりだったのだ。こんな客室を選んで連れて来る彼なら、こういう悪戯をしてもおかしくはない。

「ありがとう、ウヅキさん。すごく怖かっ――」

 ドアを開けると、そこには誰も居なかった。廊下に少し身体を出して、左右を見てみるが、ウヅキの姿はどこにもない。

「このホテルはね、突然潰れたんだ。何ヶ月も給料が遅れて、最後には結局、支払ってもらえなかった」

 後ろから突然ウヅキの声が聞こえてきので、サナは飛び上がるほど驚いた。振り返ると、無表情なウヅキが立っていた。

「び、びっくりしたぁ……この部屋、ここ以外からも入れるんだ。はは、すごい。本当に怖かったです」

「次の働き口も見つけられず、住むところも失った。どうしようもなくなって、ここのバスルームで両手首を切った。それから首を吊ったんだよ」

「えっと……もう、大丈夫ですよ。ありがとうございました。十分、怖かったですから……」

 ウヅキは突然サナの手首を掴むと、そのままベッドに押し倒した。ウヅキは無表情のまま。その口からは意味不明な言葉が零れる。

「お客様いかがいたしましたかまたお越しくださいそこで何をしているんだお車はあちらです承知いたしました」

 サナの服が下着ごと乱暴に捲りあげられ、白い胸が露わになる。今すぐ逃げ出したい。だけれど、金縛りにでもあっているかのように身体が動かない。

「いやぁああッ! やめてぇ!」

 叫んだが、ウヅキの様子は相変わらずおかしい。胸を優しく揉まれ、その先端を指で弾かれる。サナの声は段々と甘い啼き声に変わっていく。ぎしっとベッドが軋んだ。

「や……やめっ……」

 ウヅキは胸の先端を口に含むと、ちゅうちゅうと吸い始めた。甘噛みされ、小さな悲鳴を上げた。

「はっ、あん……お願い、あっ、ぁう……やめ……ん……」

 途切れ途切れに言葉を発しながら、サナは瞳を潤ませていた。身体が勝手に反応している。サナの息は荒くなっていく。

 ウヅキの手がスカートの下に滑り込まされた。あっという間にショーツを脱がされ、脚を大きく開かされる。すでに愛液で濡れていたそこを、撫でられる。

「ひゃっ……あっ! あぁッ……」

 ウヅキの太い指がサナの中に入ってきた。ゆっくりと動かされ、強い快感が走る。指は内側を優しく撫で続ける。ウヅキは無表情のまま、徐々に指の動きを速めていく。やがて、サナは身体を仰け反らせて叫び、達した。彼女の身体がびくんびくんと震えている。

「はっ、はぁ……」

 呼吸を整えようとしているサナの秘所にウヅキの肉棒があてがわれた。

「嫌ッ、それは――」

 サナの言葉の途中で、ウヅキは自身を突き入れた。指よりもずっと太く熱いそれは、強い快感を与えてくれた。ウヅキは荒い息を吐きながら、容赦なくピストン運動を繰り返す。肉と肉がぶつかり合う音と、ベッドのスプリングが軋む音……そして、それよりもずっと大きなサナの喘ぎ声。

「あッ、あっ、あっ、んッ……あぁあああっ! ぁあっ、ああ……」

 何度も絶頂に達し、意識が飛びそうになる。

 それから、どれくらい経っただろう。相変わらずウヅキは無表情のまま、激しく動き続けている。サナが意識を手放す直前、ウヅキが自分の中に熱いものをたっぷりと注ぎ込むのを感じた。

 ◆ ◆ ◆

 目を覚ますと、サナはロビーのソファで横になっていた。身体を起こすと、ウヅキが「大丈夫?」と声をかけてきた。ふたりとも衣服は乱れていない。ウヅキも無表情ではなく、心配そうな表情を浮かべている。

「悪かったよ。ちょっと怖がらせようと思ったんだ……まさか君が気絶してしまうなんて……」

 あれは夢だったのだろうか。

「そう……だったの」

「ねえ、本当に大丈夫? 頭は打っていなかったと思うけど」

 自分が見た卑猥な夢の話をするわけにもいかず、サナはお礼を言って、ホテルをあとにした。

 ◆ ◆ ◆

 帰宅後、パソコンで動画ファイルを確認したサナは目を見開いた。そこには、記憶とまったく違うものが映っていた。荒れ果てたロビーに、今にも崩れ落ちそうな天井。ロビーだけではない。撮影したすべての場所が、崩壊寸前の廃墟のようになっていた。例のバスルームはというと、そこだけが記憶のままだった。

「あれ……」

 サナはあることに気が付き、またはじめから再生した。

「やっぱり……」

 ウヅキが、どこにも写っていない。編集するとは言え、投稿するつもりだったから、彼のことはなるべく写さないようにしていた。だが、ガラスに反射している姿や、カメラの向きを変えた時などに何度か彼を写してしまっていたはずなのだ。彼が持つ懐中電灯の灯りも、複数回写り込んだ記憶がある。

 混乱したサナは立ち上がり、部屋の中をうろうろと歩き回りはじめた。そのとき、どろりと秘所から何かが流れ出てきた。トイレで確認すると、それは白く濁っていた。

 あれは、夢だったはず……。

 サナは慌ててシャワーを浴び、すべてを洗い流した。がこん、とバスルームの扉に何かがぶつかる音がした。

 ゆっくりと振り返る。曇りガラスに、誰かの手が触れている。

「あんなに急いで帰らなくても良かっただろ」

 曇りガラスの向こうから、ウヅキの声が聞こえた。