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二人で逃げよう、どこまでも(NL)

ななし様のリクエスト作品です。リクエストありがとうございました!


 かつて、この国を支配していたのは魔族の王であった。暇つぶしと称して街へ出て、人々の命を奪う。魔王は、無理やり女を犯しながら、血肉を喰らうけだものであった。だが、魔法にも剣にも長けていたその王には、誰一人として逆らえなかった。

 そんなとき、一人の勇者が現れ、魔王の首を刎ねた。

 人々はその勇者を新たな王にした。……しかし、魔王の返り血をその身に浴びた勇者は呪われてしまった。子どもができにくく、生まれてきた子どもの身体も弱いことが多かった。勇者は正妻と二人、側室らとの間に五人の子をもうけたが、成人を迎えられたのはたったの二人であった。

 その二人の代も、さらにその子どもの代も、その次も……呪いが薄まることはなかった。

 ◆ ◆ ◆

 サナは、第三王子トビアスの五番目の側室となった。形式的な式が執り行われた夜、寝室で彼は申し訳なさそうに呟いた。

「君には……これからたくさん辛い思いをさせてしまうだろう。先に謝っておく」

 先日、トビアスの子どもがまた亡くなった。サナも新聞を読み、それを知っていた。そもそも授かること自体、難しい。たとえ、無事生まれてきてくれたとしても……。

「お気になさらず。トビアス様のほうが、お辛いでしょうから……。先日の、御子様の件は、本当に残念でした。お悔やみを申し上げます」

 この国では、成人した王族にのみ、正式な身分が与えられる。成人を迎えるまでは、名前すら与えられず、皆等しく“御子”と呼ばれる。

 トビアスにも、数十人の兄弟がいた。今、この国にいる王子はトビアスを含め三人、王女は二人。つまり、彼の兄弟は過半数が成人を迎えることすらなく、亡くなっていることになる。記録によれば、最初の王――勇者が受けた呪いは、ここまで酷いものではなかった。恐ろしいことに、時が経てば経つほど、呪いは強くなっている。

「時々……私たちは……私は何のために生きているのだろうと考えることがあるよ」

「トビアス様……」

 トビアスは、静かにサナをベッドへ押し倒す。そして、穏やかな微笑みを浮かべる。

「……せっかく、私たちにとって初めての夜なのに……おかしなことを言ってすまなかった。さぁ……君のために、早く終わらせよう。……約束するよ、痛くはしない」

 トビアスは自らの服を脱ぐ。そして、サナの服を脱がせながら、彼女の身体をまさぐる。手つきは優しいが、どこか機械的な動きだ。

 彼の指先が滑り、サナの太ももを撫でる。トビアスはサイドテーブルに置かれた小瓶を手に取ると、蓋を開け、中の液体をサナの秘所にとろりと垂らした。トビアスはその液体を丁寧に塗りこむ。

「ん……」

 サナの身体がビクンと跳ねる。

「少し、冷たかったかい? ……これを塗っておけば、痛くはないから……」

 サナの蜜壺は、トビアスの指先を受け入れる。塗りつけられた液体のせいか、身体が敏感に反応してしまう。トビアスはサナの乳房を優しく揉み、鎖骨に口づけを落とす。

「んん……トビアス様……」

 入り口に、トビアスの肉棒があてがわれる。

「痛かったら、言ってくれ」

 ぐちゅり、という淫靡な音を立てながら、肉棒の分厚い先端がサナの中へ沈んでいく。

 サナは痛みなんて感じなかった。むしろ、快感で瞳が潤む。だが、それ以上に幸福感に満たされていた。

 サナは、その胸に秘める思いを口に出したことはない。昔からトビアスのことが好きだった。美しい微笑みを浮かべる彼の瞳の奥に宿る悲しみごと、抱きしめてあげたい。常々そう思っていた。

 正妻ではない。側室だって、自分以外に四人もいる。今後も増えるかもしれない。

 トビアスの慣れた手つき、腰使いから、彼がどれだけ女を抱いてきたかがわかる。おそらく、これからも数えきれないほどの夜を女と過ごす。サナ以外の相手と。

 トビアスに貫かれるたび、サナは切ない声を上げる。おそらく、他の女たちと同じように。

「……っ、痛くはないか?」

「い、いいえ……ぁああッ、痛く、など……んっ……」

 サナは首を横に振り、快感に震える声で答える。

「……よかった」

 トビアスは僅かに腰を動かす速度を上げた。昔から、すでに心は彼のものだった。今、身体も完全に彼のものになろうとしている。サナはトビアスの背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。トビアスは一瞬それに驚いたかのように目を見開いたが……すぐに美しい微笑みを浮かべ、身体を震わせて、サナの中で果てた。温かなものが、とくとくと注ぎ込まれる。

「トビアス様……お慕い申し上げております……ずっと、ずっと……」

 トビアスは困ったように笑い、「……本当にすまない」と呟いた。

 ◆ ◆ ◆

 翌朝、サナが目を覚ますと、すでにトビアスの姿はなかった。

 朝の支度を終え、散歩をしていると、庭園でトビアスと――サナと同じ側室のスーザンの姿が目に入った。たしか、先日亡くなったトビアスの御子は、彼女との間にできた子だったか。

 サナは太い柱の影に身を隠し、二人の様子を覗った。

「……トビアス様、わたくしはもう……耐えられません。どうして死ぬさだめにある子を産まねばならぬのでしょう。わたくしはもう……すでに何人も……」

 スーザンは肩を震わせて泣いている。トビアスはその肩をそっと抱きしめようとしたが、スーザンは彼を跳ね退けた。

「触らないでください! ……二度とわたくしに触らないで!」

 スーザンはそう叫ぶと、そのままどこかへ走り去って行ってしまった。トビアスは彼女を追いかけることなく、その場で拳を握りしめる。

「……出ておいで。サナ、隠れているのはわかってる」

 トビアスの言葉に、どきりとする。サナは恐る恐る柱の影から出て、彼のそばへ歩み寄った。その大きな背中を撫でてやりながら「盗み聞きするつもりはなかったのですが、たまたま居合わせてしまって……」と言い訳を口にする。

「そうか。……今朝は一緒に居てやれなくてすまなかった。身体は痛まないか」

「トビアス様、私は平気です。それよりも、トビアス様は……大丈夫なのですか?」

「大丈夫だとも……」

 トビアスは力なく笑う。彼の目の下には濃いくまができている。昨晩も、ろくに眠れなかったに違いない。

「俺よりも、妻たちの方がずっと辛いはずだ」

「トビアス様……」

 心優しく、哀れな想い人をどうにかしてやりたい一心で、サナは「私と一緒に逃げてしまいませんか」と囁いた。

「君と……?」

 トビアスは驚いた顔でサナをまっすぐに見つめる。しばらくの沈黙のあと、彼はサナの頭を撫でながら微笑んだ。

「それも……悪くないかもしれない」

 ◆ ◆ ◆

 その夜、トビアスはサナの部屋を訪れた。

「今夜は別の方のところへ行くものだとばかり……」

 サナが部屋の照明を落としながらそういうと、もうベッドの上で横になっているトビアスが笑う。

「君は知らないだろうが、俺は妻たちに嫌われていてね。いつも眠るところに困っているんだ」

「どうかしら」

 トビアスの腹の上に、サナが乗る。彼はその背中に手を回してそっと抱き寄せた。二人は目を閉じ、触れるだけの口づけをする。

「昼間に言ったことは、本気か? 一緒に逃げないかって君が言ったのは」

「本気です。私は……あなたのためなら、この国を……いいえ、世界を敵に回すことすら怖くはない。だから……どこまでも一緒に逃げましょう、トビアス様……王族の、子孫を残すなどというくだらない義務に縛られなくても済む、静かな場所で……二人で暮らしましょう……」

 トビアスは首を横に振った。

「サナ、君の提案はどうしようもなく魅力的だ。そうしてしまえたら、と思うよ。でも……わかるだろう。俺はこの国の王子だ。生まれたときから……義務を背負って生きている」

 サナはトビアスを抱きしめ、名前を囁いた。トビアスはサナを強く抱きしめ返した。

「本当はね、怖いんだ。怖いんだよ、サナ。俺がこの国から逃げられたとして……成人を迎えることのできなかった兄弟たちが、俺を許してはくれない……そんな気がするんだよ。どこまでも……地獄であっても、俺を追いかけてきて、連れ戻そうとするんじゃないかって……そんな気がするんだ」

「トビアス様……ご兄弟の皆様は、トビアス様の幸せを願っているに決まっています……」

「そうだろうか。……そうだろうか。だって、今も夢に出てくるんだ。兄や姉、弟や妹たちが『どうしてお前は生きている。妬ましい、恨めしい。義務を果たせ、義務を果たせ』と何度も何度も夢の中で俺に言うんだ」

 トビアスの声は震えていた。

 ◆ ◆ ◆

 トビアスが誰にも見せてこなかった弱さを、サナに見せてくれたその夜から、彼は他の妻のもとへは行かなかった。毎夜、サナの部屋を訪ね、褥を共にした。時間は要したが、二人の間にも御子が産まれた。その御子が一歳になるころ、反乱が起きた。

「何が勇者の末裔だ!」

「何人も女を囲って、どうせ早死にするガキを殖やすために俺たちの金で贅沢しやがって!」

「俺の子どもは薬が買えなかったせいで、死んだ!」

「俺の婚約者を返せ! 無理やり王族なんかの側室にしやがって――」

 千年以上塵積もっていた民の不満は大きく、かつて、魔王を打ち倒した勇者への感謝の心はとうに消え去っていた。武装した民らが流れ込み、城内は大混乱だった。サナは乳母に御子を任せ、城から逃がすと、トビアスの姿を探した。

「トビアス様、トビアス様――ッ!」

 叫びながら、城内を走る。途中で人にぶつかったり、掴まれたりしそうになりながらも、サナは混乱の中を走り続けた。愛しい人の姿を求めて。そして、ようやく見つけた。

 彼は、サナの寝室のベッドで横たわっていた。腹部には無数の剣やら槍が突き立てられていた。

「トビアス様……」

「サナ、か……」

 彼は力なくこちらへ手を伸ばしてくる。サナは慌ててその手を握った。手が嫌に冷たい。彼の目の焦点はすでに合っておらず、天井をぼうっと見ている。

「トビアス様、逃げましょう……大丈夫、大丈夫ですから……立てますか……?」

「御子、は……?」

「御子は先に逃がしました。ご安心ください……トビアス様、早く……」

 トビアスは微笑みを浮かべてこそいるが、その口元からは黒い血がごぽりと零れる。

「そうだ……二人で、どこへ行こうか……隣国の……なんという名前だったか……なぁ、砂漠の国を知っているか……あそこでは、非常に美しい……」

「トビアス様……もう話さないでください……トビアス様……」

「じゃあ……君が話してくれ。二人で……二人で逃げたら、どうしたい……? 教えてくれよ……」

 サナは彼の手を握りしめたまま、二人で逃げたらどうしたいかを語り続けた。いつまでもいつまでも、語り続けた。