20XX年、人類は生活拠点を宇宙に移していた。母なる地球の環境汚染は深刻化し、元の美しい星に戻るまで一般人の立ち入りは禁止されている。
サナは、宇宙探検家だ。宇宙のほとんどがすでに調べ尽くされているため、彼女が探検家として名を馳せるためには、思い切ったことをする必要があった。
唯一、調べられていない宙域、通称「暗い空」。解析不能の微細な粒子が漂うこの宙域は、通称の通り、非常に暗い。太陽でも照らせないだろうと言われるこの場所に足を踏み入れて、帰ってきた者は居ない。
だがサナは、この宙域にこそ、量子コンピュータでさえ解き明かせなかった宇宙誕生の謎の答えがあると確信していた。ここ以外のどこを調べても、宇宙誕生に関連するものが見つからなかったのだ。ならば、その答えがあるのは「暗い空」以外にありえないだろう。
その場所、「暗い空」に近づくと、中古で買ったおんぼろ宇宙船のシステムが警告を発した。
『警告、警告。危険宙域への接近を確認。ただちに離れてください』
今どきの宇宙船は、安全のために、「暗い空」にすら近づけない仕様になっている。だが、このおんぼろ宇宙船であれば、多少耳障りな警告メッセージを無視すれば、「暗い空」へ突っ込んでいける。
サナは警告を無視して、「暗い空」へ入っていく。
『警告、ケイコ……ザザザ……ザザ……』
ここ、「暗い空」の特殊な環境の影響を受けてか、システムはいかれてしまった。あちこちエラーを示す赤色ばかりだ。自動運転不可、テレポート不可、通信不可……。
この程度のことは予測済みだった。サナは手動運転に切り替えると、漆黒の闇の中を進んでいった。一番苦労したのは、このおんぼろ宇宙船の手動操縦の仕方を知っている人間を見つけることだった。ようやく見つけた人物は、身体のほとんどがメカパーツの老人で、言語系のシステムに深刻なエラーが生じているらしく、操縦の説明をあらゆる国の言葉を使って説明するものだから、理解するだけで骨が折れた。
「何かにぶつからなきゃいいんだけど……」
衝突事故は避けたい。サナの予想としては、他の探検家や研究者たちはこの暗闇の中で何かにぶつかり、宇宙船が再起不能なレベルの損傷を受けた。通信が行えない「暗い空」で動けなくなれば、帰って来られなくなる。当たり前のことだ。
だが、一部の人間は、「暗い空」から人が戻らないことについて、オカルトじみた説を唱える。「暗い空」は巨大な生物で、そこへ行った人が帰ってこないのは、食べられてしまったからだ。「暗い空」は神の領域で、そこへ行った人々は神の怒りを買い、存在そのものを消されてしまうのだ。「暗い空」には得体の知れない上位の存在が巣くっていて……。挙げればきりがない。
サナに言わせれば、どれも馬鹿らしい。一般人は想像力ばかり豊かで困る。だが、サナ自身も、この空間が何であるかはさっぱりだった。「暗い空」はどこまでも暗く、広い宇宙に自分たった一人で漂っているような、どうしようもない孤独感を与えられる。
(私は……帰れるわよね)
あまりに闇が続くので、サナは不安になってきた。ここまでまっすぐしか進んでいない。だから、もしこの先に何もなくても、燃料が途中で半分をきったとしても、まっすぐ後ろに進めば戻れる。「暗い空」を抜けられるはずだ。
……だが、そんな単純で当たり前のことを、他の探検家や研究者たちがしなかったとは思えない。どうして彼らは戻れなかったのだろう。「暗い空」で、一体何があったのだろう。「暗い空」が妙な磁場を発しているのか、それともここがあまりに暗いせいか、ネガティブなことばかり考えてしまう。
「……くそっ!」
がこんと何かにぶつかる音がしたかと思うと、船体が大きく揺れた。そして、それっきり操縦が効かなくなってしまったようだ。
サナは腕のデバイスで、あらかじめダウンロードしておいたこの船のマニュアルを見ながら、何が起きているのかを突き止めようとした。奇妙なことに、システムの表示やメーターを見る限り、エンジンは正常なようだ。操縦自体はできる状態にある。それなのに、上下左右、どこにも進まない。もちろん、前後もだめだ。
「どうなっているの……」
嫌なイメージが頭に浮かんだ。何か大きくて恐ろしい存在が、この船を掴んでいる。船体を握り潰すような敵意は今のところ抱いていないが、船の動きを完全に止められるほどの力の持ち主……。
「大丈夫……大丈夫……私は帰れる。私は……」
うわ言のように呟きながら、何かできることはないかとマニュアルを見たり、宇宙船を操作してみたりする。すべて無意味だとわかっていても、それを繰り返した。そうしているうちに、サナは視線を感じて、窓から宇宙船の外を見た。相変わらず、自分が目を閉じているのではと錯覚してしまうような闇が広がっているだけで、それ以外には何も無い。少なくとも、そう見えた。
「ひっ……」
宇宙船の床や壁から、黒い液体のようなものが滲み出ている。サナは恐る恐るそれに触れてみた。ねっとり取りしていて、スライムのようだ。
「もしかして、これのせいで……」
黒いものはサナの足にまとわりついた。触手のようなそれは、サナを調べるかのように触れてくる。
(生き物? 現象? これは一体何なの……)
どんどん増え続ける触手に、サナは身動きが取れなくなっていった。必死で振り払おうとするが、びくともしない。全身を闇が覆っていく。不思議なことに、サナの身につけていた衣服がいつのまにか消えている。
「っあ……」
触手が、サナの胸をふにゅふにゅと揉みはじめた。胸の先端は別の触手が愛撫をしている。太ももも、また別の触手が撫で回す。
「ん……んん……ん……はぁっ……あっ、うう……」
サナは甘い吐息を漏らしながら、触手から逃れようと身をよじる。触手は彼女の全身を愛撫する。人間に触れられるよりも、気持ちよかったが、恐ろしくて仕方がなかった。この闇を実体化させたような触手の正体は、想像すらできない。
「ぁああッ!」
1本の触手が、サナの蜜壺に挿入された。サナの指くらいの太さしか無い触手だが、それは丁寧にサナの内側を愛撫する。
「や、やめ……あっ……」
同じくらいの太さの触手が、さらに2本挿入された。それぞれがサナの内側を撫で回す。サナは叫び、身体をびくびくと震わせながら、潮を迸らせた。
「は……はぁっ……ん、ゔ……ん、あぁあああっ!」
容赦のない触手の責めは続く。サナは涙を流しながら、叫び続けた。その涙は、恐怖のせいか、快感のせいなのかはわからない。
3本の触手は、サナを責め続ける。彼女の中をかき回したり、壁を擦ったりする。サナは何度も意識を飛ばした。そのたびに、触手がサナの頬をペチペチと叩き、彼女を起こす。何時間もそうしたあと、ようやく触手はサナの中に精液のようなものを注ぎはじめた。
「や、だめ……っい、や……」
どくどくとたっぷり注ぎ込まれる何か。サナはやめてくれと首を横に振ったが、触手は液体を注ぎ続ける。サナのお腹がやや膨れ上がったころ、ようやく満足したのか、一斉に触手が引き抜かれた。サナの蜜壺から愛液と、粘り気のある漆黒の液体がどぷどぷと溢れ出る。サナはぐったりと四肢を投げ出した状態で、呼吸を整えようと必死だった。
触手はどこかへ行ってしまった。
「助かった……?」
だが、ゆっくりと、船が前に進み始めるのを感じた。
「ど、どこへ……」
サナは操縦していないし、自動操縦は使えないはずだ。船自身が意志を持っているかのように、前へ前へと進んでいく。サナは何とかして身体を起こすと、子どものように目を輝かせた。ついに、人類が至ることのできなかった「暗い空」の向こうへ、サナは行くのだ。
◆ ◆ ◆
数年後、サナは宇宙探検家として、最も有名な人物になっていた。唯一、「暗い空」から生還し、宇宙誕生の秘密を知った者として、広く知られることになった。だが、それを人に伝えることはできなかった。
数多くの研究者や、記者、配信者などがサナの元を訪れたが、宇宙誕生の秘密を彼女から聞かされたり、見せられたりすると、みんな正気を失ってしまった。彼らは大半が自ら命を絶ち、残りは「暗い空」へ行って戻ってこなかった。
それでも懲りずに、サナの元へやってくる人間は絶えない。誰も好奇心に勝てなかった。今日も、女性記者がサナのもとを訪ねてきた。
「できれば、私は話したくないわ。だって、きっとあなたも他の人達みたいになってしまうもの」
サナの言葉に女性記者は「聞かせてください! 私なら大丈夫ですから! 暗い空の秘密を知ることは、子供の頃からの夢だったんです! 知りたいんです!」と熱く語った。サナは女性記者に軽蔑の眼差しを向けた。
「本当に知りたいのなら、私のように暗い空へ行ったはずよ」
「それは……ええと……」
口ごもる女性記者に、サナは優しく微笑みかけた。
「いいわ、気が変わった。教えてあげる。私が暗い空の向こうで見たものを……」
「本当ですか? ありが……」
サナの瞳……真っ黒な瞳孔が魚のような形になって、くるりと動いた。
「ウルシマさ……ん、その目は……」
サナは女性記者の顔を両手で押さえつけた。自分の瞳がよく見えるように。「暗い空」の向こう側がよく見えるように……。
「や、やっぱりいいです! 見たくない! やだっ……やめてえ!」
「どうしたの? 遠慮しないで。よく見なさいよ……」
サナに「暗い空」の向こう側を見せられた女性記者は、その日のうちに自宅で首を吊っているところを発見された。
サナは、ソファにくつろぎながら、退屈そうに窓の外を眺めていた。いまや、彼女が知らないものは何もない。こうなってしまうと、知らないことがあったときの感覚を思い出せなくなってしまった。知りたいことがあった、あの高揚感を。
床から闇の触手が伸びてきて、サナに何やら囁いた。
「ええ、わかっているわ。今の私の役目は、知ることではなく、教えることだもの。知りたがっている人たちには、これからも教えてあげる。そのうち見つかるわよ。私みたいに、秘密に耐えられる人間が……」
サナの瞳孔が触手のように蠢いた。