「サナは?」
我が弟シオドアは、気にくわないことに開口一番、彼女の名前を口にした。椅子に縛られていると言うのに他人の心配とは。思えば、彼女とシオドアはこういうところが少し似ているかもしれない。だから惹かれあうのだろうか。そう思うと、ようやく収まりかけていた怒りが、また沸々と湧きあがってきた。
「牢屋に入れた」
「兄さま、いったい何を考えていらっしゃるのですか」
「お前もサナも、聞き分けが悪いからね。こうするしかないだろう」
「まるで子供です。ご自分が何をされているのか、分かっていらっしゃらないんですか。普通はすきな女を牢屋に閉じ込めたりしません」
シオドアはため息交じりにそう言った。僕も随分舐められたものだ。
「面白いことを言うじゃないか。どうして普通は好きな女を閉じ込めておかないと思うんだ?」
「普通、だからです。〝まとも〟だからですよ。兄さま、あなたは常軌を逸している」
「本当にそうか? 違うだろう。そうできないからだ。普通は牢屋なんて持っていないし、女を見張らせておく兵士もいない」
「兄さま、あなたは歪んでいる。たとえ牢屋を持っていようが、兵士を何人抱えていようが、愛する人を牢屋に入れるなんて酷い目に遭わせられるわけがない」
「酷い? 無理やり女を部屋に連れ込んでどうこうしようとする方が、よっぽど酷いんじゃないか?」
シオドア唇を噛みしめながら顔を伏せた。
「なあ、教えてくれ。彼女は嫌がらなかったのか? やめてくれと言ったんじゃないのか?」
「……」
「答えろ」
「……やめて、と……言っていました」
どうせシオドアのことだ。やめてくれと言われてやめられるような男じゃない。こいつにそんな余裕はない。
わかっている。僕たちは、本当に未熟な兄弟だ。いい年して女を取り合って喧嘩なんかしている。僕は彼女を誰にも触れさせたくなくて牢屋に閉じ込めてしまったし、シオドアは無理やり自分のものにしようと自室に連れ込んだ。国民が僕らのことを知ったら何というのだろう。
「もう彼女を取り合うのはやめよう。国民が知ったら、あきれるに違いない」
「兄さまはやめればいい。俺は、彼女のためなら王族を辞められる。国だって捨てられる」
こいつ……人が仲直りしようと言うのが分からないのか。王族を辞められるだと? 生意気だ。生まれた時から王族のくせに、どうやって辞められると思っているのか。王族でもなくなり、国を捨てたような奴が女に好かれるとでも思っているのか。何なんだ、こいつは。
「物乞いになったお前と一緒に暮らしたいとサナが言ったのか?」
「何を言っているんですか。そんなわけないでしょう。俺は意気込みの話をしているんです!」
「意気込みが何になる。真面目に聞いた僕がバカだったよ。……おい、お前。この馬鹿をあと200回鞭で打っておけ」
兵士がぺこりと頭を下げ、鞭を構える。
「クソ、婚約者がいるくせに……!」
鞭で打たれる痛みに耐えながら、シオドアは声を荒げた。
「僕が意気込みだけのお前とは違うと言うことを、ちゃんと見せてやるよ」
◆ ◆ ◆
私が連れてこられた牢屋は、牢屋と呼ぶにはあまりにも似つかわない場所だった。マリアとともに連れてこられた地下牢とは違う。貴族のお嬢様の自室のような場所だった。その部屋は1階にあったが、窓には鉄格子が施されていた。外に出ることはできなかったが、ガラスの扉を開くと、立派な温室に繋がっていた。
「アレク様が、ここにあるものは好きにしていいと言っていた」
兵士はそう言うと、さっさと出て行ってしまった。私となるべく一緒に居たくないようだった。