森の中に、美しい女がいると言う噂は、随分前からあった。逃げ延びた亡国の姫だとか、貴族の隠し子だとか。いろいろ噂されているけれど、私はそんな良いものではないだろうと思っていた。
だって、貴族の娘さんがあんな狼やクマがうろつく危険な森で暮らせるとは思えない。少なくとも、一人で暮らすのは無理だ。だが、噂によれば、騎士もメイドもいないと言う。
おそらく、噂の正体は男たちの妄想に違いない。確かに、森の中にいるとき、視線を感じることがある。人影らしきものも見かける。けれど、それは大抵、木の影が人のように見えただけにすぎない。よくウサギを捕りに森へ行く私が言うのだから間違いない。
今日も私は、いつものように森にウサギを捕りに来ていた。そして帰り際、噂の女に会った。
驚くことに、その女は裸だった。豊満な肉体を隠そうともしない。地につく程の長い髪をしていて、その髪は真っ赤だった。噂通り美しいが、それ以上に禍々しかった。幽霊か化け物か何なのかわからないが、人間でないことだけははっきりと分かった。
私は羽織っていたマントを脱ぐと、女に渡した。人間でないことは分かるが、限りなく人間に近い。男が彼女を見つけたら、彼女は襲われてしまうだろう。裸よりはマントでも羽織っていた方がマシだ。
「着なよ。そんな恰好じゃ、酷い目に遭うよ。明日、私の服を持ってきてあげる」
「ありがとう。親切なのね」
そう言って、彼女は目を細めた。私が渡したマントを羽織りながら、「みんな、私のことをアルラウネって呼ぶわ」と彼女は言った。
「そう。私はサナ」
「サナって言うのね。変な感じ。毎日森で見かけていたのに、初めて名前を知ったわ」
「私は今日、初めて貴女を見かけたけど」
全裸の女が闊歩しているのを見かけたら、忘れられないはずだ。
「そうでしょうね。私、一生懸命隠れていたもの。姿を見せたら、私もウサギみたいに射殺されるんじゃないかって怖かったの」
心外だ。少なくとも私は、人の形をしたものを射殺すことはしない。
「そんなことしないわ」
「よかった。貴女、優しいのね」
そう言って、アルラウネは私を抱きしめた。同性でも初対面の人間(?)に抱き着かれるとは思わなかった。しかし、振り払う気にはなれなかった。彼女からは花のような香りがした。その香りのせいか、頭がぼんやりしてきた。
アルラウネの生温かい舌が、私の首をゆっくりと撫でる。
「やっぱり駄目だわ、帰してあげない。森で一緒に暮らしましょう。ウサギなら、私が毎日捕ってあげるから」
服も着ていないような女が弓や銃を持っているとは思えない。どうやって捕ると言うのか。けれど、そんなことはどうでもよかった。身体が熱っぽいし、相変わらず頭はぼんやりとしている。できれば今すぐ横になりたかった。
「ダメ? クマやイノシシの方がいい?」
「いいのよ、何も捕らなくて。危ないわ」
「あら。何も危なくなんかないのよ。私、こう見えて強いんだから」
私はアルラウネの胸に寄り掛かるようにして倒れ込んだ。白くて大きな乳房は見た目以上にやわらかく、あまり顔を埋めると窒息してしまいそうだ。
「大丈夫?」
「うーん、少し休める場所はない?」
アルラウネは私をひょいっと抱えあげると、「それならいいところがあるわ」と言って歩き出した。すごい力だ。アルラウネが〝強い〟というのはあながち嘘ではないのかもしれない。
アルラウネは、私を湖に連れてきてくれた。私は靴と靴下、それからズボンを脱ぐと、身体の火照りを冷ますため、足を湖に入れた。冷たくて気持ちがいい。
「裸になればいいのに。裸は楽よ」
「恥ずかしいから嫌よ。他人に見られたくないの」
「でも、具合が悪そうだわ」
アルラウネは心配そうに私の顔を見つめながら、剝き出しになった私の太腿を優しく撫でる。
「ちょっと、何してるの?」
「辛そうだから、手伝ってあげようと思って。すぐ良くなるから、ね」
そう言いながらアルラウネは私の服の中に手を入れ、胸に優しく触れてくる。少しくすぐったい。
「わ、わかった……ありがとう」
アルラウネは私の服をまくり上げ、私の体をあちこち舐めまわす。これも、良くなるためなんだ。変な意味じゃないはず……。
「すぐに、よくなるわ」
身体を散々舐めまわされ、いろんなところを触られた。不思議と身体の火照りは収まった。
「明日も来てね」
「どうかな」
彼女が人間でないことは何となくわかっていた。この魔性に溺れてしまうのも時間の問題だ。
私はきっと、明日も森に来るだろう。ウサギを捕るため、彼女に会うために。