このまま死んでしまおう。サナは、ずっとそう思っていた。他の生き物の血を啜りながら生きるのは、もう耐えられない。
サナは血を断つのと同時に、生まれ故郷を去った。今は人里離れた森の中の放棄された小さな小屋に住み着き、死を穏やかに待つのみである。
血を飲むのをやめてから、2か月が経とうとしていた。手もすっかりしわくちゃだ。鏡に映らないサナ。彼女が自分の姿を鏡で確認することはできないが、手以上に、顔だってしわくちゃになっているに違いないことはちゃんとわかっていた。
「おい」
そして、扉がどんどんと叩かれた。サナは身を強張らせた。
――まさか、ここがあいつにバレたの?
サナは慌ててテーブルの下に身を隠した。歯ががちがちとぶつかり合う音が、訪問者に聞こえてしまわないか心配だった。
「いるのはわかっている」
扉がゆっくりと開かれる音が部屋に響く。テーブルクロスの隙間から、黒い革靴が見えた。
「それで隠れているつもりなのか?」
サナは大きな手に掴まれ、テーブルの下から引き摺り出された。その男は、サナをいともたやすく片手で持ち上げてみせた。
「離してください、あなたは大きな勘違いをしています! わたくしは、もう2か月、血を飲んでいないのです。このまま、死なせてくれても良いではありませんか。あなたが殺したわたくしの両親も、わたくし自身も、人を殺したことなどありません」
男は鼻で笑うと、「お前こそ、俺を誰かと勘違いしているようだな」と言った。
「よく聞け。俺は、お前と同じだ。わからないか?」
男の目は赤かった。そう言われれば、サナの両親も同じように赤い目をしていた。
「その姿を見れば、血をしばらく飲んでないことくらいわかるさ」
「吸血鬼がわたくしに何の用なのです」
「ここ最近、凄腕の吸血鬼ハンターが現れたという話は、お前も知っているだろう。お前の両親もそいつに殺されたんだろ」
サナは俯いた。男はサナをゆっくりと床におろしてやると、どこからかボトルを取り出した。ボトルの中はどす黒い液体で満たされている。ボトルから、たまらない〝あの匂い〟が漏れ出ている。
「飲め」
「飲みません。もう、血は飲まないと決めているのです」
「1か月前、ハンターに俺の姉も殺された。奴は姉の部屋に忍び込み、眠っている姉をわざわざ起こして殺したらしい。部屋は血の海で、姉は原型をとどめていなかった。切り刻まれた姉の体は、犬くらいの大きさしか残っていなかったよ。姉の匂いがしなければ、あれが姉だとはわからなかっただろう。その日、俺はたまたま出掛けていて、屋敷にいなかった」
「お気の毒に。あいつはやっぱり、どこかおかしいんだわ……」
「お前の両親の最期も、教えてくれないか」
「両親は、わたくしのせいで死んだの。あいつはわたくしの部屋に忍び込み、わたくしを痛めつけた。そのあと、わたくしを人質に。無抵抗の両親は長時間にわたる拷問の後、わたくしの目の前で殺された」
男はボトルをサナに差し出した。
「やっぱり、お前はこれを飲むべきだ。死ぬのは復讐した後でも構わないだろう。俺を手伝ってくれ。もうこの国に吸血鬼はほとんどいないんだ。そもそも、どうして血を断っていたんだ」
「血を断つ代わりに、見逃してもらったのよ。今思えば、なんて情けなかったのかしら。わたくし、それを飲むわ。一緒にあいつに復讐しましょう」
サナは男からボトルを受け取ると、一気に飲み干した。久しぶりに体が満たされ、力がわき上がってくるのを感じた。しわくちゃになっていた手も、シワひとつない若々しい手に戻っている。
「いい気分だわ……」
男はにやりと笑った。
「さっそく、誓いを破ったな」
いつの間にか、男の瞳の色が茶色に変わっていた。そうだ、この男は――。
「久しぶりだな、サナ嬢。すまないね、一緒に復讐できなくて。血を長く断つと判断力が鈍るんだ。知らなかったろう。目の色なんか、魔法で簡単に変えられる」
男はサナを床に押さえつけると、服を引き裂いた。
「嫌! やめて……」
「ああ、そうだ。さっきの肉塊になった女吸血鬼の話、あれはつい昨日の話だよ。まあ、実際には弟もちゃあんと屋敷にいたから、そいつも仕留めたけどね」
サナの露になった乳房が、乱暴に揉みしだかれる。
「この国の吸血鬼はずいぶん減ったよ。俺のおかげさ。吸血鬼が滅ぶ前に、試しておきたいことがある。協力しろよ」
サナの股に顔を埋めると、男は貪るように愛撫をした。
「ぁあ……」
「くっせえ……吸血鬼のここはみんなこんなにおいなのか? それともお前が特別くさいのか?」
羞恥心のあまり、涙が出てきた。
「そんなこと、知らない……やめればいいじゃない」
「いや、これはこれで良い。くさいま〇こを存分に楽しむとしよう」
その後もくさいくさいと言いながら、男はサナの秘所を舐め続けた。快感と屈辱に必死で耐えながら、サナは手足をばたつかせ、必死に抵抗した。
「そんなに興奮しなくても、すぐに挿れてやるから」
そう言うと、男は硬くなった自身をサナの秘所に押し付けた。肉棒が徐々にサナの中に入ってくる。
「嫌! 抜いて!」
「きつ……初めてだったとは……」
無理やり体を広げられた痛みに、サナは呻いた。その呻きに男は興奮し、腰をいっそう激しく動かす。
苦痛と屈辱の中で、サナの復讐心はいっそう強くなっていった。
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男のひとりよがりの行為が終わると、男はさっさと帰ろうとした。
「待ってください」
「なんだ? 殺してほしいのか?」
「貴方が試しておきたいと思ったのは、わたくしとの性行為ですか? それだけですか?」
「何が言いたい?」
男は眉間にしわを寄せた。サナはゆっくりと立ち上がると、自身の腹部を撫でた。
「わたくし、貴方の子供が欲しい」
「は? 急にどうした」
「強い貴方に惹かれてしまったのです。貴方の子供が欲しい。気になりませんか。吸血鬼と人間の間に生まれた子供が、吸血鬼なのか人間なのか」
男はにやりと笑って「たしかに気になる」と言った。
「では、もう一度抱いてくださいまし。さっきは初めてだったものですから……」
男はサナを抱きかかえると、ベットに放り投げた。サナの乳房を舐めながら、肉芽を指で弄ぶ。
「ああ、ぁあっ」
男の指が、蜜壺に差し込まれ中をゆったりとした動きで撫でまわす。
「あっ、そんな……ああ……」
「最初からそんな風に大人しくしていれば、さっきも可愛がってやったんだ」
「ああ、ごめんなさい……わたく、し……あんっ……」
わずかに泡立った愛液が蜜壺から流れ出る。
「挿れるぞ」
「ありがとう、ご、ざいますぅ……っ!」
肉棒を受け入れたばかりの蜜壺は、すんなりと二度目の挿入を受け入れる。サナは快感に身を震わせた。
「先ほどよりもずっと良い。これからもこうして従順なら、そばに置いてやってもいい」
「本当ですか? ああ、嬉しい……ぁあっ、ん!」
腰が何度も何度も激しく打ち付けられる。
「そ、そんな奥まで……っ!」
「どうした? 俺の子供が欲しいんじゃなかったのか?」
「欲しいですっ! ぁあっ! もっと、もっと……」
男は一度殺しかけた女を何度も何度も突き上げ、やがて果てた。肉棒が抜かれた蜜壺からどろりと白濁とした液体がこぼれ出た。
「おい。子供が吸血鬼だったら、どうする」
「そのときは……わたくしも子供も殺せばよいではありませんか」
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男はサナを娶った。生まれてきた子供は吸血鬼そのものだったが、どういうわけか男は子供もサナも殺さなかった。それどころか、男は妻子に自身の血を与え続けた。
その一方で、男は吸血鬼を狩り続けていた。
ある夜、男が目を覚ますと隣に妻の姿がなかった。
「寝込みを襲われる気持ちはいかがですか、貴方」
男はロープでベッドに縛り付けられていた。
「やはり、俺のことを許していなかったか。俺を殺すのか?」
「いいえ、そんなことはしません。わたくしは、息子と一緒に出ていきます。ご存知ですか。ここからずっと遠くに、吸血鬼だけの楽園があるのです。人間とは関わらず、家畜の血だけで生きていける場所ですわ」
「俺の血は、口に合わなかったか?」
「いいえ。わたくしと息子に血を与え続けてくださったこと、とても感謝していますわ」
男は目を瞑り、「本当に行くのか」と独り言のように呟いた。
「知っているか、サナ。ハンターは吸血鬼より人間に忌み嫌われているんだ。俺の家は代々ハンターで、俺もハンターになるしかなかった。あの日、お前に俺の子供がほしいと言われたとき、嘘だとわかっていても嬉しかった。初めて誰かに求められた気がした」
「……一緒に過ごすうちに、お互い情がわいてしまったのかしら。貴方ならそんなロープ、簡単に外せるでしょう。わたくしだって、息子を産む前までは貴方を殺すつもりだった」
「でも出て行くんだろう」
サナはゆっくりと頷いた。
「サナ、忘れないでくれ。人を殺したことのない吸血鬼はお前だけだった。お前の両親でさえ、たくさん殺していたんだ。吸血鬼だけの楽園が嘘っぱちだったら、いつでもここに帰ってこい。ずっと待っているから」
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真夜中、件の母子が馬車に乗り込む姿を、酒場の店員が見かけた。男の妻子はほとんど外に出ないことで有名だったため、とても驚いたと言う。
その後、母子は吸血鬼の楽園を見つけることができたのか、結局男のもとに帰ったのか……それとも。
闇に生きる母子がどうなったのかは、誰も知らない。