「お前はなんでいつもそんな態度なんだ? 王子に媚びを売っておこうとか考えないのか?」
「思いませんねー。媚びを売って私に何か得がありますか? 媚びを売ったところで部屋に連れ込まれて、身ごもって、子供だけ取り上げられて。運が良ければ着の身着のまま追い出されるだけです。運が悪ければ、殺される」
私はわざとらしくてへっと笑い、「って、マリアが言ってましたよ」と付け加えた。
「この前のことは、本当に悪かった」
「別に、気にしていません。気にしていませんが、私とは口を利いてはいけないはずです」
「それなら、兄さまと話し合って――」
「嘘はおやめください」
アレク様はお優しい方だ。だが、一度禁止したことを覆すとは思えない。
「アレク様が、話し合ったところでご自分の意見を変えるとは思いません。ましてや、シオドア様を相手に」
「嫌なことを言うな」
「すみませんね」
シオドア様は苦笑いを浮かべた。
「あと、先ほどのドーナツ屋さんの行列に並んでいた女性が悪かったと言っていましたよ」
◆ ◆ ◆
みんなにドーナツを配ると、マリアを問い詰めた。
「マリア、どういうつもりなの?」
「何のこと?」
マリアはきょとんとした表情を浮かべながら、ドーナツにかぶりついた。
「とぼけないで。シオドア様のことよ」
「ああ、そのこと。ふふ、話してみたら彼、結構いいひとじゃない。それに、本当にあんたのことが好きみたいよ」
私はため息をついた。マリアは正直言ってちょろい。金が絡んでいれば別なのだが。
「何も分かってないのね。たとえシオドア様が私のことを好きでも、私はそうじゃないのよ」
「何よ。王子様に好かれているのに嬉しくないって? あんた、どんだけ贅沢なのよ」
その時、使用人室のドアが乱暴に開かれた。
「サナ、マリア! お前たちを不敬罪で捕える。おとなしくしろ!」
兵士がそう叫んだかと思うと、ぞろぞろと兵士たちが部屋になだれ込んできた。私もマリアもあっという間に捕らえられてしまった。おとなしくしろ? 暴れる暇もなかったじゃないか。兵士たちの手際の良さに感心しながら、この事態を他人事のように受け止めている自分に気が付いた。
とても自分の身に起こったこととは思えなかったのだ。