アレク様が城下町に時々来ていると言うことは本当らしかった。彼は城下町を知り尽くしていたし、城下町の人も彼のことをよく知っていた。
「アレク、誰だい、その女の子は?」
「恋人だよ」
「そうかい、じゃあ、サービスをしておくよ」
気さくな女主人がそう言って、ボトルを差し出してきた。私はそれをおずおずと受けとった。
「酒だよ。それもすごくキツイやつ。アレクに酷いことをされたら、それを飲んで寝ちゃいな」
「酷いことなんてしないよ」
「どうだか。このツラだろう? アレクはずいぶんモテるよ。ま、お嬢ちゃんもよく知っているだろうけど……」
アレク様は「そうでもないよ」と笑った。アレク様がモテることなんて私だって知っている。高貴なご令嬢方のほとんどはアレク様に惚れている。だが、彼には婚約者がいて、私は仮初の恋人だ。
「ありがたく頂いておきます」
そう言って私は笑った。
「アレク様は、偽名を使わないんですね」
「ああ、あまり意味がないと思ってね。それに考えてごらん。僕が生まれた年、国民の多くが自分の息子に〝アレク〟と名付けている。〝アレク〟と名乗っても不自然じゃない」
「町の人は案外、王子様のお顔をご存じないんですね」
「みんな、ものすごく遠くからしか僕を見れないからね」
それもそうか。王族を庶民が間近で見れる機会なんてめったにない。
「その酒、持って帰るつもり?」
「ええ。辛いことがあったときに飲みます」
「絶対にやめておいたほうがいいと思うな。レイテ……あの女主人が作っている酒はやばいよ」
「ぐっすり眠れそうですね。アレク様にも分けましょうか?」
アレク様は首を横に振りながら、困ったように笑った。
「僕の悩みはいつだって君のことさ。だから、酒は必要ない」