理解できなかった。ウィティング屋敷で起きていることは、少なくとも私の常識からは遠くかけ離れていた。悪魔が居て、しかもそれが屋敷の人々を幸せにしている。
「やあ、サナ」
またしてもギャレットが私に馴れ馴れしく話しかけてきた。そして、彼が私の肩に手を置いたとき、彼が文字通り吹き飛んだ。
「痛ッ……」
私は慌てて彼に駆け寄った。私の肩に触れた右手が、焼け焦げている。
「なんてこと……」
焼け焦げた手に触れようとすると、「触るな!」とギャレットが怒鳴った。
「こんなことだろうと思ったよ。何を持っているんだ?」
「何って……何も」
「特別な十字架か、魔除けを持っているだろう。隠しても無駄だよ」
十字架か魔除け? 思いつくものは一つしかなかった。私はポケットに入れていたお守りを取り出した。いつもは白い石が、青く光っていた。
「本当にごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの」
「嘘つくなよ。破魔の白石じゃないか。君はエクソシストか?」
「ち、違うわ。この石だって、ただのお守りだって聞いてたのよ」
ギャレットは舌打ちをすると立ち上がろうとした。私はテーブルの上にお守りを置くと、ギャレットの体を支えた。
「私はエクソシストじゃないわ。悪魔は嫌いだけど、傷つけたいとは思わない。傷の手当てをしましょう」
◆ ◆ ◆
井戸の水で手を冷やしてやると、ギャレットは落ち着きを取り戻したようだった。
「君はさ、誰にあのお守りをもらったの?」
「恩師よ。私が旅立つ日に、持たせてくれたの。先生も同じ石を持っていたわ」
「恩師? 何を学んでたの?」
私は「いろいろ」と呟くと、ギャレットの手に包帯を巻いてやった。
「ずいぶん慣れているね」
「故郷に居たときは、よく怪我をしたからね。それで慣れているの。恩師によく言われたわ。〝強すぎる正義感を持っていると損をする〟って」
ギャレットがくすりと笑った。
「ギャレット、あなたって本当に美しいのね。本や絵画では、悪魔はいつも醜く描かれているのに。でも、そうよね。人間を騙すんですもの。とても美しい姿をしているに決まっているわよね」
「もしかして、口説いている?」
私は笑って、首を横に振った。
「サナ、君がエクソシストじゃなくて良かったよ。さっきは怒鳴って悪かった」
「私こそごめんなさい。私は、誰も傷つけたくないの。本当よ。あなたのことも傷つけたくない」
ギャレットは私の頭を優しく撫でてくれた。
「そんな顔をしないで。大丈夫だから」
なんて優しい悪魔なのだろう。こんな風に、人間は騙されていくのだろうか。