分かっている。メイドの私が、王子様に恋をしても無駄だって。でも、好きなものは好き。田舎から出てきた私に一番最初に優しくしてくれた他人だから……。
城の廊下の窓から、庭園を散歩していらっしゃるアレク様を眺めているだけで幸せだ。
「諦めろ。兄さまはお前を好きにはならない」
愛しのアレク様の弟……シオドア様が吐き捨てるように言う。王族じゃなければ、「放っておいて」と言えるのに。
「分かっています」
「じゃあ、愛おしそうに見つめるのはやめろ」
思わず、シオドア様を睨みつける。せめて見つめることくらい許してくれてもいいだろう。本当は追いかけまわしたいところを我慢していると言うのに。
「おい、睨むな。その視線は不敬だ」
「申し訳ありません、シオドア様。シオドア様があまりにも素敵で見つめてしまいました」
「お前な……俺以外の王族にそんな態度だと、いつ殺されてもおかしくないぞ」
「わかってますって。そもそも、見るくらいいいじゃないですか。アレク様だって、気付いていないですよ」
「バカか。気付かれてるよ。さっきこっち見てた」
私は慌てて窓から離れた。シオドア様の大きなため息が聞こえた。
午後、私はアレク様の部屋に呼び出された。
「アレク様、お呼びでしょうか」
「シオドアとは仲がいいのかな?」
王族の中で、という意味なら一番仲がいいだろう。
「はい。一番親しくさせてもらっていると思います」
「そう」
アレク様がこつこつと指で机を軽く叩く。気に入らないことがあったり、苛ついているときのアレク様の癖だ。メイド風情が王族と「親しくさせてもらっている」なんて、不敬だったかもしれない。
「申し訳ありません、シオドア様と仲が良いなどと……」
「名前を呼ぶな」
思わず私は俯いた。声色がいつもより低い。相当怒っているようだ。
「ごめんね。怖がらせるつもりじゃなかったんだ。今朝、サナがずいぶん親し気にシオドアと話していたのが庭から見えてね。気になっちゃってさ」
「あれは……」
今朝と言えば、アレク様を盗み見ていたときのことだ。本人に向かって「あなたを盗み見ていたら、シオドア様に注意されました」なんて口が裂けても言えない。
「何話してたの? 他人には……僕には言えないようなこと?」
「……はい」
アレク様がため息を吐いた。
「じゃあ、シオドアを呼んで。あいつに聞いてみようよ」
「それは……! 私から話します」
盗み見ていたことを私からはアレク様に告白できないので、お呼びしました、だなんて……。それこそ不敬だ。
「庇っているのかな?」
「違います。悪いのは私なんです」
「庇っているようにしか聞こえないね」
「そういう意味じゃなくて……本当に私が悪いから、シオドア様に注意されていたんです」
アレク様は「注意?」と首を傾げた。
「はい。私が庭園を歩かれているアレク様を……その、盗み見ていたので……」
「僕を?」
「申し訳ございません」
「……いいよ」
アレク様はにっこりと笑った。よかった。正直に言ったから、機嫌を直してくれたのかもしれない。
「僕のことはいつでも見てくれて構わない。ただし、シオドアとは口を利くな。僕からも、サナには話しかけないよう、シオドアに言っておく」
「は、はい……」
「そんな顔しないで。もう怒ってないよ。ほら、おいで」
アレク様に近寄ると、「ほら、あーん」と口を開けるように言われた。言われた通り口を開けると、マカロンを口に放り込まれた。
「んぐ……」
「美味しいでしょ。これからも、いい子で居てね。いい子で居てくれれば、もっとご褒美をあげる」
ご褒美……なんて魅力的な響きだろう。アレク様の言ういい子がどんな子のことかわからないけれど、これからもいい子で居ようと思った。