「あ……ここ、叔母さんのアトリエだ……」
深夜、サナはスマホを見ながらそう呟いた。見ていたのは、心霊系の配信者の動画だ。心霊スポットを紹介する動画が好きで、よく見ていた。今夜もいつものように動画を見ていたのだが……紹介された心霊スポットには見覚えがあった。
『うわ、めっちゃ暗い! 森が……なんか森が怖い! うわ、人……!? 庭に見えているの、あれ、人じゃね!?』
『馬鹿。あれは彫像。てかうるさい! 静かにしろって。……え~、挨拶がいつもよりちょっと遅れちゃいましたが、■■■■ちゃんねる、今日は有名な”彫刻家の家”に来ていまーす』
『あっ……ほんとだ、彫像かぁ。うっわー……マジでビビった。ええと……それで、”彫刻家の家”って……?』
『……マジ? お前、知らないの? 最強心霊スポットのひとつだぞ。まあ……もしかしたら、”彫刻家の家”のことを知らないリスナーさんもいるかもしれないんで、そういう方のため……あと、この馬鹿のためにも説明しますね~』
お気に入りだったはずの配信者二人の恒例のやり取りが、見ているだけで苛々してくる。お前たちが紹介している場所は、心霊スポットなどではない。そこは、子どものいなかった彫刻家の叔母から、自分が継いだ場所だ。
精神衛生上、これ以上見るのはやめておいた方が良いのかもしれない。見ているだけで、サナの神経を逆撫でする映像でしかない。これは明らかに不法侵入の記録だ。持ち主であるサナは撮影許可など出していないのだから。ただ、この無礼な連中がどんなふうな嘘を並びたてるのか気になってしまった。何より、この無許可の撮影によって、叔母さんとの思い出が詰まったアトリエを荒らされたのではないかという心配もあった。
『ここ、”彫刻家の家”は、その名の通り、女性彫刻家が住居兼アトリエとして使っていた場所です。彫刻家は結構有名な人らしかったんすけど、独身で子どもも居なかったみたいなんすよね』
……。意外にも、今のところ合っている。適当なことを言っているだけかもしれないが。
『それで……その彫刻家の兄の娘……まあ、姪っ子ちゃんですよね。姪っ子ちゃんを娘のように可愛がっていたみたいなんですよね。姪っ子ちゃん自体も彫刻家に懐いていて、よくこのアトリエに遊びに来てたらしいっす。……ただ、姪っ子ちゃんが都会のほうの大学へ行ったんだったか、就職したかで、疎遠になってしまってから、彫刻家が少しずつ精神に異常をきたして……』
……すべて合っている。親族がこの配信者たちにぺらぺらと話してしまったのだろうか。その”姪っ子ちゃん”というのは、サナのことだ。サナは叔母に愛されていた。たっぷりと可愛がってもらった。もちろん、サナも叔母のことが好きだった。けれど、サナにはサナのやりたいことがあった。叔母は、自分と同じように彫刻家になってもらいたかったようだが、サナは嫌だった。叔母のことも、彼女の作品も好きだった。だが、サナには彫刻の才能が全くと言っていいほどなかった。歪で何かすらわからないものを掘るたび、叔母はべた褒めしてくれたが……。
とにかく、サナは「サナちゃん、行かないで」という叔母を置いて、大学進学と共に上京した。そして、そのまま都会で就職した。年に一度、正月には叔母に会いに行っていたが、年々彼女の様子がおかしくなっていくことに気が付くと、それすらもやめてしまった。
――あいつに会いに来てやってくれよ。お前に会いたいってずっと泣いているんだ。
父からの電話を思い出して、胸が苦しくなる。叔母のことは好きだった。だが、サナにはサナの夢があった。都会での生活が楽しかった。それに……あくまで、おかしくなってしまう前の叔母のことが好きだった。酷くやつれ、会うたびに抱きついてきて、子どものように何時間も泣き続ける叔母には会いたくなかった。気味が悪いと思っていたし……鬱陶しかった。晩年の叔母の発言はとことん支離滅裂だった。サナが会いに来ないとわかると、意味不明な手紙を毎日送りつけてきた。当然、サナは叔母のことをどんどん嫌いになっていった。
そして、亡くなるまで叔母は、一度もサナの夢を応援してくれなかったし、何か成果を報告しても喜んではくれなかった。訃報が届いたとき、悲しみよりも安心感が胸を満たした。ようやく重荷がなくなった。そう感じたのだ。
『最後には……石を彫るのに使う、”ノミ”って言うんですってねぇ。アレで手首を……』
そう言いながら、配信者は手首から何かが噴き出すようなジェスチャーをして見せた。相方が口元を手で押さえて、わざとらしく怯えて見せる。
……ペテン師め。
確かに、叔母は自ら命を絶った。だが、方法が違う。彼女は、寂しい病室で首を括った。
『そして……今日は、彫刻家が亡くなった場所……お風呂場も調査予定です!』
『何それ何それッ! 絶対やばいじゃん! やめておこうよ、もう~!!』
配信者二人が、玄関のドアノブに手をかける。
『それじゃ、さっそく行ってみようと思います~! 土地を管理されている方に、事前に鍵をあけておいてもらいました!』
本当にこの詐欺師どもは。サナはドレッサーの引き出しを開き、中の鍵を確認した。叔母のアトリエの鍵は、数本のスペアキーも含めてここにしまってある。
『うわ~……緊張する!』
そう言いながら、配信者がドアノブを下げると、簡単にドアは開いた。サナは目を丸くした。どういうことだろう。まさか、こいつら、玄関の鍵を壊したのか。だが、映像は暗く、画質もそこまで良くないので、鍵が壊されているかどうかは判別できなかった。
『結構……綺麗なんですねぇ』
暗いことを除けば、アトリエの内部は、サナの記憶の中のものと同じだった。白い布の下には、サナのよく知る叔母の作品たちがあるのだろう。彫刻台や石工道具の位置すら、記憶の中のまま。てっきり、生前の叔母の様子から、中はめちゃくちゃになっているものだと思っていた。だから、叔母の死後、このアトリエをもらい受けても、一度も見に行かなかったのだが……。
その後も、妙に怯えた様子の配信者二人が、叔母の自宅兼アトリエの内部を紹介していく映像が流れた。どの部屋もよく掃除されていて、まだまともだったころの叔母がそこに住んでいるかのようだった。その後も特に叔母の幽霊らしきものが映りこむこともなく――途中で妙なラップ音だの、機材トラブルだのお決まりの演出っぽい現象はあったが――動画は終了した。
サナはすっかり懐かしい気持ちになっていた。叔母が大好きだったことを思い出し、サナにとっても大切なこの場所をこんな風に面白おかしく動画にされたことに、先ほどよりも強い怒りを感じていた。サナは配信者のアカウントにDMを送った。
『初めまして。■■■■ちゃんねるさんが紹介した”彫刻家の家”は、私が叔母から継いだ場所です。あそこは心霊スポットなどではなく――』
送ったあと、サナはため息を吐いた。返事は来るだろうか。
◆ ◆ ◆
翌日、すぐにDMを確認したが、■■■■ちゃんねるからの返信はなかった。彼らはいつも朝の挨拶を投稿しているのだが、今日はそれすらない。炎上を恐れて、慎重に行動しようとしているのかもしれない。何気なくテレビをつけると、映し出されたニュースの内容に目を疑った。
『先ほど速報が入りました。人気配信者グループ、■■■■ちゃんねるのお二人が亡くなったとのことです』
若干取り乱した様子のニュースキャスターがそういうと、例の二人の写真が大きく表示された。二人の笑顔がぐにゃりと歪み、不気味な写真になったかと思うと、テレビが壊れてしまったかのようにガガガという妙な音しか発しなくなってしまった。サナは慌ててリモコンでテレビの電源を消そうとしたが、上手くいかなかったので、乱暴に電源ケーブルをコンセントから引き抜いた。
サナは深呼吸をしてから、ベッドに腰を下ろした。
配信者の死、先ほどの妙な現象は叔母の呪いだとでも言うのだろうか。彼女は、自分を置いて都会へ行ってしまい、会いにも来なくなったサナを恨んでいるのだろうか……。
そのとき、スマホの通知音が鳴った。思わず心臓が止まりそうになる。恐る恐る通知を確認すると、■■■■ちゃんねるのアカウントからDMが届いていた。
◆ ◆ ◆
「返信が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。今朝のニュースはご覧になりましたか。こちらも少し……バタバタしていまして」
■■■■ちゃんねるのマネージャーだという男は、ソガワと名乗った。彼は、車を運転しながら、助手席に座るサナをちらりと見た。
「ニュース……見ました。お二人とも亡くなったんですよね。……この度は、ご愁傷さまです。大変な時期に……すみません」
「……いえ。気にしないでください。故人とはいえ、あいつらがやったことは、やってしまったこととして対応しないといけませんから。とにかく、今日は現場を確認してもらって……また後日、弁償の手続きをさせてください」
サナは遠慮がちに頷いた。
ソガワによると、やはりあの”彫刻家の家”の動画は、不法侵入によるものだったのだという。しかも、動画ではわからなかったが、あの二人は撮影中に叔母の作品を不注意で倒し、壊してしまったらしいというではないか。真摯に対応するから、訴訟は勘弁してくれというのがソガワのスタンスだった。サナが玄関の鍵も、あの二人におそらく壊されているだろうということを伝えると、ソガワが「今すぐ現場へ行きましょう」と提案してきた。玄関だけでも、今すぐ直せるように手配させてほしいと言ってくれた。中を荒らされたら大変だからと。車まで出してくれて……。
「……着きましたよ」
車を叔母のアトリエの前に停めると、ソガワはサイドブレーキを引き、エンジンを切った。車を降りると、おしゃれなモダン建築のアトリエが目に入った。ガラス張りの温室の内部は、さすがに草が伸び放題になっているようだったが、目立った損傷はなかった。
早速、玄関のドアノブのレバーを下ろしてみる。だが、ドアは開かなかった。
「あれ……? おかしいな。玄関、動画だと開いていたんだけど……ソガワさん、ごめんなさい。玄関ドアは壊されてなかったみたいです」
「ピッキングで開けたのかもしれませんね。気にしないでください」
サナはバッグから鍵を取り出すと、それを使って玄関のドアを開けた。中は、つい夕べ見た動画の通り、荒れてはいなかった。その時、サナの背中を、ソガワが思いっきりドンと押した。サナは押された衝撃で、アトリエの床に倒れてしまった。とっさに手をつけたが、膝を擦りむいてしまった。振り返り、ソガワを見る。……彼は、青ざめた顔で立っていた。
「いきなり何をするんですか……っ!」
「悪いな……でも、こうしないと、あの二人みたいに殺すって脅されたんだよ」
それだけ言うと、ソガワは玄関のドアを力いっぱい閉めた。サナは立ち上がり、慌ててドアを開けようとしたが……。
「あ、開かないっ! な、なんで……ソガワさん、ソガワさん……待って! 置いていかないで!」
サナはドアノブをガチャガチャとやりながら半狂乱で叫んだが、外から聞こえてきたのは無情にも車の走り去る音。
「サナちゃん、おかえり」
背後から、男の声がした。サナはゆっくりと振り返る。
「ずっと待ってたんだよ」
そう言って微笑む男は……サナの全く知らない男だった。だが、男はサナのことを知っているらしく、親し気な微笑みを向けてくる。
「だ、誰……?」
サナが思わず、そう呟いた瞬間、男の表情が歪んだ。
「……酷いな。僕は君の旦那さんなのに。ずっと待っていたのに……でも、いいよ。これからはずっと一緒なんだから」
床に座り込んだままのサナを、男は押し倒した。
「やだ、やめて……」
覆いかぶさってきた男は捨てられた子犬のような瞳でサナを見つめてくる。男の身体はわずかに透けていた。
――この男は、この世のものではない。
嫌な汗が背中を流れる。おそらく、配信者を葬ったのも、あのマネージャーを脅したのもこいつだろう。
「いいよ……大丈夫。忘れられても、僕は大丈夫……」
男の声は震え、微妙に上ずっている。男はサナの額に自分の額をあてると、そのまま愛おしそうに唇を重ねてきた。彼女は顔を逸らそうとしたが、男の手が頭をしっかりと固定したせいで拒めない。男は何度も唇に小さなキスを降らせた後、強引に舌先を口内へねじ込んできた。サナの唇の内側をくすぐり、舌を絡ませる。彼女をけして逃がさないよう、後頭部を支えながら、優しく髪を撫でる。男は腰を僅かに揺らしながら、張り詰め、熱を帯びた部分をサナの太ももに押し当ててくる。
ようやく唇が離されると、二人の間が銀の糸で僅かに結ばれたが、すぐに途切れてしまった。長く深い口づけによって息を荒くしているサナを見て、男は嬉しそうに微笑んでから、首筋に唇を這わせた。そのまま、男は音がするほど強く吸い、少しするとまた別の場所で同じことをされる。くすぐったいような、痺れるような不思議な感覚。サナの首筋に赤い痕がいくつもつけられていく。まるでこの女は自分のものだとでも言うように。衣服の上から胸を優しく揉みながら、男の唇は首筋から鎖骨へキスを降らしながら移動していく。
「ん……やめてってば……」
サナは嬌声を上げそうになりながら、男を押しのけようとする。だが、男の厚い胸はびくともしない。それどころか、服を強引に捲られ、ブラジャーすらもずらされてしまった。二つの柔らかな膨らみがサナの呼吸に合わせて揺れている。すでに胸の先端がぴんと立ち上がっている。その色づく部分を男は口に含むと、軽く吸ってからその形を確かめるように舌を這わせる。それを左右交互に行いながら、口で含んでいない方は常に指の腹で撫で上げる。
「は……ん……っん、ぁう……」
サナの男を押しのけようとする力が少しずつ弱まっていく。男はちゅぱちゅぱと胸の先端を啄み続けている。男は身体を密着させ、熱を帯びた雄の部分を太ももや、下着越しの秘所に押し当ててくる。男はクロッチの上からサナの肉芽を撫でながら、荒い息で囁く。
「そろそろ……いいよね?」
「あっ、だ、だめ……あっ、ああ……」
とうとう指先がショーツの中に滑り込まされ、愛液で濡れた秘所をなぞる。
「……だめ? だめじゃないでしょ。僕がどれだけ待ったと思っているの? あ、そっか……もう少し気持ちよくしてほしいってこと? いいよ、可愛い奥さんのわがまま、聞いてあげる」
男の中指がゆっくりとサナの中にいれられていく。彼女の反応を見ながら、指の腹で敏感な場所を探る。抗議の言葉を発しようとするサナの口を、男は口づけで塞いでしまう。彼は舌を無理やり絡ませながら、指の動きを激していく。親指で肉芽を撫でながら、内側も擦り続ける。蜜壺から零れだした愛液はサナの太もものみでなく、床までも濡らしている。
サナの息が一層荒くなる。男は呼吸を奪うような深い口づけを続けながら、びくびくと痙攣し始めたサナの身体を優しく抱きしめ、その瞬間が来るまで責め続ける。
「ん……イクッ……ひゃあっ、ん、ぁぁあっ!!」
サナが身体を反らせると同時に、熱い潮が迸る。男はサナのこめかみに小さなキスを落とし、耳元で熱っぽく囁く。
「……気持ちよかった?」
サナは首を横に振り「気持ちよくなんか……」と言葉では否定するが、頬は紅色、瞳はとろんとしている。その様子を見た男は微笑みながら、サナの蜜壺の入り口を親指と人差し指で広げた。柔らかな肉が震え、かき混ぜられて泡立った愛液がぬらぬらと光る内側が良く見える。
「そうなの……? こんなになっているのに? ほら、ひくひくしちゃってる……可愛い。……ああ、もう我慢できないや。もういいよね?」
男はベルトを外し、怒張したそれをズボンから取り出した。太い血管が這う立派な肉棒。その先端からは、すでに透明な液体が漏れ出している。
「だ、だめ……」
サナの制止を無視して、男は肉棒をゆっくりと彼女の中に沈めていく。硬くも柔らかい肉棒が内側を押し広げるように進む。すでに愛撫でとろとろだった蜜壺は、あっさりと男のそれを根元まで咥え込んだ。男はゆっくりと腰を動かし始める。
「ん、ああっ……はっ、んん……」
絶頂を迎えたあとの身体には、強すぎる快感だった。サナは抵抗することすら忘れ、快感の波に飲み込まれていった。男はサナの太ももと尻を掴み、容赦なく奥まで深く打ち付ける。そのたびにサナの身体が揺れ、奥がきゅっと締まる。結合部からはぶちゅ、じゅぷっ、ぐぽっという卑猥な水音が聞こえてくる。もう何度達してしまったかわからない。サナの頭はすでに真っ白で、何も考えられない。抗えぬ快感を震える身体で受け続け、何度も達する。この男が何者かなんて、すでにどうでも良くなっていた。ずっとこうしていたい……そんなことすら考え始めていた。
「やば……サナ、可愛すぎて無理……」
男は再び深く口づけたまま、激しく、最奥を十回ほど穿ったのち、びくんと腰を僅かに震わせて達した。サナの中で肉棒が脈打ち、白濁とした熱い液体を吐き出す。どぷどぷと重い液体で内側が満たされていく。収まりきらなかった分が結合部から勢いよく溢れ出す。
汗でぐっしょりと濡れ、前髪が貼りついたサナの額に愛おし気に男はキスを降らせる。
「これからは……ずっと一緒だよ」
サナは気を失った。
◆ ◆ ◆
「タマキおばちゃん、今度は何を作ってるの?」
夢。いや、これは記憶だ。幼いころの自分、そして、まともだったころの叔母。よく二人で、こんな風にアトリエで過ごした。叔母が慣れた手つきで石を彫っていく姿を見るのが好きだった。ただの無機質な石が、叔母の手によって、動物や人に変わる。まるで魔法のようだった。
「サナちゃんと……おばちゃんの息子を彫ってるの」
サナは首を傾げた。叔母に子どもはいないはずだ。それに、自分と彼女の息子だというが、彫っている像はあきらかに大人の男女ではないか。
「タマキおばちゃん、息子がいたの? 会ったことないよ?」
叔母は悲しそうに微笑んだ。
「そうだね……実は、おばちゃんも会ったことないの。おばちゃんの息子はね、お腹の中で死んじゃったの」
当時のサナがその言葉の意味を正確にとらえられるはずもなかったが、悲しそうな叔母を見るのは辛かった。叔母の潤んだ瞳を見ていると、自分まで泣き出しそうになる。
「可哀想……きっと、私とも仲良くできたんじゃないかな……。私とおばちゃんと、その子で遊びたかったな……」
サナの言葉を聞いて、叔母の彫っていた手がぴたりと止まる。静かにノミを作業台に置くと、サナをまっすぐに見た。
「ねえ……サナちゃん。サナちゃんさ、おばちゃんの息子のお嫁さんになってくれない?」
優しく微笑みながら、叔母はサナの肩を掴んだ。叔母が何を言っているのかわからなかった。叔母本人すら会ったことがないと認めたその子と、どうやって結婚するのだろう。おかしなことを言うものだ。叔母がふざけているのかと思い、サナは笑ったが、彼女は笑わなかった。真顔でまっすぐにサナを見つめている。
「ねえ、結婚してあげてよ。”冥婚”って知っている?」
サナは首を横に振った。
「し、知らない……やだよ、タマキおばちゃん、どうしたの? 怖いよ……」
「サナちゃん、言って! 結婚するって言いなさい! おばちゃんの息子のお嫁さんになるって!! 言え!!!」
初めて聞く叔母の怒声に、身体が強張る。サナが「結婚する」と言うまで、叔母は許してくれないだろう。サナは泣きながら、震えた声で「わかった……タマキおばちゃんの息子と結婚する……」と呟いた。それを聞いた叔母は満足そうに微笑んだ。
◆ ◆ ◆
目が覚めた時、サナはアトリエのソファで横になっていた。すぐそばにはあの男が同じソファに腰かけている。サナが起きたことに気が付くと、嬉しそうに微笑む。この男は、叔母の息子なのだろう。おそらく、姿こそ見えなかったが、ずっと昔からこのアトリエにいて、サナと一緒に成長していったのだろう。“冥婚”の約束を忘れることなく。
今思えば、叔母があのとき彫っていた石像は、どう見ても新郎新婦にしか見えなかった。あの忌ま忌ましい石像はまだこのアトリエにあるのだろうか。もしかすると、あの石像を壊せば、この男は消えてくれるかもしれない。“冥婚”の約束もなかったことにできるかもしれない。
……だが、もうどうでもよかった。
昔のことを思い出して、気が付いてしまった。そして、何もかも嫌になってしまった。
叔母は昔からまともじゃなかった。それを知っていて、両親は叔母の相手を昔からサナに任せていた。両親はサナを叔母を大人しくさせておくための道具だとしか思っていなかったのだろう。サナが家を出て、都会に行ってしまうのは、両親にとっても誤算だったに違いない。いつも「帰ってこい」とうるさかった。それなのに、叔母が亡くなってからは、ひとつも連絡を寄こさなくなった。それが答えだろう。
叔母も叔母で、自分のことを亡くなった息子を幸せにするための存在としてしか見ていなかった。息子の嫁だから、可愛がってくれただけだったのだ。
サナは男の膝に頭を置くと、目を閉じた。誰も、昔から自分を愛していなかった。……きっと、この男を除いて。サナの頬を暖かな雫が伝った。