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《検閲済み》02

 シャワーを浴びてオフィスに戻ると、ごく一部の映像記録が復元されていた。データを見ると、出発した日の夜のものだと分かった。船が落ちる前のことだから、調査の役には立たないかもしれないが、試しに見てみることにした。俺は再生用装置のチェアに腰かけると、簡単な設定を済ませてから、再生を押した。頭部をすっぽり覆うモニターが上から下がってきて、俺の視界は真っ暗になった。

「それでは、出航を記念しまして、かんぱーい!」

 あちこちで安物のグラスがぶつかり合う音がする。サナは、グラスになみなみと注がれた密造酒を飲み干した。かなり効く。酒はもう何年も飲んでいなかった。

「サナ、調子はどうだ?」

 同じ船の男が話しかけてくる。サナは愛想笑いを浮かべた。

「なんだよ、俺とは話したくないって?」

「やめなよ、嫌がってるだろ。ほら、男は男と飲んでな」

 男を追い払ってくれた女は、サナの横に腰を下ろした。

「その……ありがとう。助かったよ」

「あたし、ケイト」

 ケイトは笑顔で手を差し出してきた。サナもにっこり笑ってその手を掴み、軽い握手を交わした。

「よろしくね、ケイト」

「うん、よろしく。あんた、同部屋の奴とは上手くやれそう? あたしの方は、においのキツイ女がいて辛いよ。船酔いしそう」

「はは、それは最悪。私の方は特にって感じかな。ウザイ奴は居ないし、皆いいひと。におう奴も居ないしね!」

 視界がだんだん明るくなる。映像はここまでということだ。この復元スピードでは、真相にたどり着くまでに1年はかかりそうだ。映像記録意外の調査方法も検討しなくてはいけないだろう。

 不思議だったのは、檻の中の彼女と映像の中の彼女の印象が異なることだ。檻の中のサナは、妖艶で落ち着いている。しかし、映像の中のサナは、普通の女だ。

 船へ乗る前のサナを知る人物はいないだろうか。コンピュータで調べると、彼女の母親のヨシキリ・ウルシマがヒットした。彼女はサナを最も身分の低い存在にした張本人だ。母子関係は良好ではなかったはずだが、調査のためだ。必ず協力してもらわねば。

 俺はすぐさま、ヨシキリと約束を取り付けた。

 サナに会わせる前に、俺はヨシキリを別の部屋に呼び出した。年齢よりもくたびれた印象の女だった。

「ヨシキリさん、本日はご足労いただきありがとうございます」

「サナに会いに来たんですが。ここにサナは居ませんよね」

「この部屋にはいません。娘さんとお会いいただく前に、いくつか質問させていただきたいのです。よろしいですね?」

 ヨシキリは何も答えず、ただ椅子に腰かけただけだった。愛想のない女だ。

「まず初めに。どうしてサナさんを産むとき、古典的出産を選択されたのですか?」

「……! それは、必要な質問ですか? 不愉快です」

「答えなくても構いません。お帰りいただくだけですから」

 しばらくの沈黙の後、ヨシキリは重い口を開いた。

「すでに私のデータを確認されているでしょうから、ご存知だと思いますが――私は≪検閲済み≫学者でした。昔の女性たちの思想に触れるうちに、私も思うようになってしまった。好きな人の子どもを産みたいと」

 すべての人類は、古典的出産を禁じられている。古典的出産は一般には違法出産と呼ばれ、それは女性が子どもを産むことを指す。正確には、ポットへの移動が困難となる生後≪検閲済み≫か月以降の胎児が身体の中に居ると、違法出産に分類される。違法出産によって生まれた子どもは、例外なく贄という最も低い身分が与えられる。

「途中でポットに移そうとは思わなかったのですか?」

「何度も考えました。ですが、どうしても昔の女性たちのように愛する人の子どもを産みたかった。それに、≪検閲済み≫学者である私が出産することで、古典的出産に対する世間の考えを変えられると思ったのです」

「……。出産後のあなたの活動と世間の反応は、記事を見たから結構です。さて、あなたにはもう一人娘さんが居ますね? サナさんの妹のテルナさんです。彼女は完全なポット生まれですね」

 ヨシキリはため息を吐いた。

「言いたいことは分かります。テルナを産むとき、なぜ古典的出産を選ばなかったのか聞きたいのでしょう。記事をご覧になったのなら、分かりませんか? 私は古典的出産により、夫を除く全人類からバッシングを受けました。サナは贄となり、私は出世コースから外されました。当時は正しいことをしていると考えていましたが、今はただ後悔しています。少なくとも、娘を巻き込んでまですることではなかった」

「そうですか。古典的出産を選んだことについて、後悔されているのは分かりました。では、テルナさんの学費のために、サナさんを≪検閲済み≫計画に差し出したことは、どうお考えですか?」

 俺の言葉を聞いた瞬間、ヨシキリは狂ったように笑い出した。机をバンバン叩いて、げらげら笑うその姿には、恐怖すら感じた。

「どうしました?」

「はっはは、だって……おかしいわ。それは≪検閲済み≫データベースに書かれている情報? ≪検閲済み≫学者をしていた私が、お金に困ると思う? 違うわ、全然違う……ある日、≪検閲済み≫の人間が武装して、文字通りうちに土足で上がり込んだ。その時に≪検閲済み≫計画の話なんて出なかったわ。ただ、『贄の娘を出せ。応じなければ全員殺すだけだ』って。それでも私たちは拒んだ」

 ヨシキリは目に涙を浮かべていた。

「それなのにあの子は……『お母さん、大丈夫だから。私行ってくるね』って。≪検閲済み≫の外道ども。まさかサナを≪検閲済み≫計画に……はぁ……」

「あなたは、≪検閲済み≫計画についてご存じなのですか?」

「もちろん知っています。でも、あなたに教えることはできない。分かるでしょう。……もう十分質問に答えたと思いますけど、まだ娘に会わせてもらえないんでしょうか」

 先ほどまで涙を浮かべていたヨシキリの目から、はっきりと怒りが読み取れた。

「ええ、サナさんの所へ案内しましょう」