「はいはい、信じるよ。魚人が来てこうなったんだよな」
男性はため息をつきながら、畳を濡れた雑巾でぬぐっている。少しイラつているのか、いつもより不愛想だ。それも深夜にたたき起こされ、部屋をめちゃくちゃにされれば、仕方ないのかもしれないが……。
「畳も布団も弁償します……」
「弁償とかは大丈夫だよ。ただ、魚人が来たってのはなかなか信じられなくてさ」
「本当に来たの! キスされて、胸を触られて……」
「それ以上のこともか? 警察を呼んだ方がいいな」
「や、やっぱりなんでもないです……」
魚人に襲われましたなんて誰も信じてくれないだろう。サナはため息を吐いた。
「変なこと言ってごめんなさい。私も手伝う……」
◆ ◆ ◆
昨夜のことがあり、男性とはすっかり気まずくなってしまった。結局、男性の名前すらいまだに聞けていない。
「この旅で、何か特別なことが起きるような気がしていたのに……」
魚人との遭遇はたしかに特別なことかもしれないが、望んでいるような特別ではない。
気になるのは、魚人の言葉だ。
『明日モ、アノ岩場ニキテ』
「……」
魚人は、サナに何か伝えたいことでもあるのだろうか。自分を襲った相手に会いに行くのは馬鹿げているが、気になるものは気になる。
サナはカバンからスタンガンとカメラを取り出すと、あの岩場に向かった。