件の彼はサナを部屋に案内し、荷物も運んでくれた。敬語はやめてくれたが、客だとわかった以上、あまり馴れ馴れしくするべきではないと考えたのだろう。荷物を置くと、さっさと退散してしまった。
「別に仲良くなりたかったわけじゃないけど、名前くらい聞いておけばよかったな……」
部屋の窓からは美しい海が見えた。噂の岩場も見えた。先ほど聞いた通り、遠く離れたこの場所からでも、人がたくさんいることが分かった。逆に、砂浜はあまり人がいなかった。
「砂浜にでも行ってみますか」
サナはそう呟くと、キャリーケースからカメラを取り出し、部屋を後にした。
◆ ◆ ◆
砂浜は、岩場に比べれば人が少なかった。綺麗な海を写真に収めようと思ったが、どうアングルを工夫してもUMAオタクや、UMAオタクの乗る船が映り込む。しばらく歩いてよい場所はないかと探したが、結局見つけられなかった。
歩き疲れたサナは、砂浜のそばの公園で休むことにした。さすがに公園は地元の親子が数組いるだけで、ゆっくりと過ごせそうだった。サナは木陰に置かれたベンチに腰を下ろし、座ったまま木々の写真を撮った。これなら地元の公園でも撮れそうな写真だが、仕方ない。
「珍しい。女の子ひとりで旅行?」
公園にいた親子の母親が、話しかけてきた。
「ええ。一人旅なんて、初めてなんですけどね」
「私も若いころはしたなあ。でもなんでX町に? まさか、魚人目当て?」
「魚人のこと、着くまで知らなくてびっくりしてます。X町では、のんびり過ごせたらいいなって」
「そうなんだ。なら、いいところを教えてあげるわ」
さっそく、先ほどのご婦人に教えてもらった場所へ、サナは向かうことにした。
ご婦人によれば、公園から少し離れた林を抜けると、綺麗に海の見える岩場があるのだと言う。魚人が出た岩場とは別の岩場だから、人も少ないだろうとのことだった。
せっかくきたのだから、やはり海の写真を撮っておきたい。サナは林に入った。