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 森で迷い途方に暮れていたとき、親切な人がサナに声をかけてくれた。しかし、その親切な人はサナが眠っている間に彼女を縛り上げ、馬車の荷台に積み込んでしまった。サナが次に目を覚ました場所は、獣人の国だった。およそ1000年前、獣の神が気まぐれで一部の獣たちを獣人に変えた。彼らは二足歩行で移動し、衣服を身につけるようになり、家を建て、やがて国を作った。しかし、耳や尾、その文化には獣らしさが色濃く残った。だから、街ゆく人を見れば、ここが獣人の国であることはすぐに分かった。サナの首には首輪が着けられており、首輪につながれたリードを例の親切な男がしっかり握りしめていた。

「これ、ください」

 声のした方を見ると、黒豹の雄の獣人がサナを指さしていた。人攫いの男は黒豹の獣人から金を受け取ると、サナのリードを黒豹の獣人に渡した。

「こんな布製の首輪とリードで、逃げられたりしませんか? 金を出せば金属製の首輪とリードに変えてもらえるんでしょうか」

「はっ。兄ちゃん、ヒトを買ったことがねえのか。俺らヒトに、これを引きちぎる力は無いさ」

 黒豹の獣人は目をまん丸にして「本当に?」と素っ頓狂な声を上げた。

「はあ……理解できませんね。どうしてみんなこんな弱々しい生き物を飼いたがるのでしょう」

「なんだよ。兄ちゃんもその一人だろ」

「私ですか? まさか。主人が欲しがったので買いに来ただけですよ」

 黒豹の獣人は、サナのリードをぐいっと引いた。

「ちょっと! そんな強く引っ張らないで」

「これは失礼。我が主のペット、お名前は?」

「サナ」

「サナさん、初めまして。私はネルソン・ブラックモア。どうぞ、ネルソンとお呼びください」

 ネルソンは上品そうに微笑んだ。彼の服装と口ぶりからして、どこかの良家の執事だろうと思われた。ネルソンの主人がまともな獣人だったら良いのだけれど……。

 * * *

 ネルソンに連れてこられたのは、城のような屋敷だった。大きな門をくぐり、華美な正面玄関を抜ける。彼は使用人の中でそれなりの立場に居るらしく、すれ違う使用人たちは皆、彼の姿を見るなり作業の手を止め、ネルソンに深々とお辞儀をした。大広間を抜け、階段を上る。ある一室の前に来ると、ネルソンは扉を軽くノックし、ゆっくりと扉を開けた。

「アレクサンドロ様、買ってきましたよ」

「おお!」

 部屋の奥のソファから大男がどしどしと近づいてくる。鬣がないので最初は分からなかったが、特徴的な耳と尻尾から、彼はライオンの雄の獣人に違いなかった。

「待ちに待った俺のペット! そうだ、名前は何が良いかな……。ラズベリー、ジャム……ドーナツ……どれがいいか……」

「アレクサンドロ様、すでに彼女には名前があるようですよ。サナさん、と言うそうです」

「サナ!」

 アレクサンドロ・ファーロウは乱暴にサナの頭をがしがしと撫でた。地味に痛い。サナはぎゅっと目を瞑った。

「お? なんだその顔! やっぱヒトって可愛いかもな」

「痛いんだと思いますよ。商人によれば、ヒトってのはずいぶん非力な生き物のようです。まあ、その商人もヒトでしたね」

 アレクサンドロはげらげら笑った。サナには一体何がそんなに面白いのか、理解できなかった。