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 少しして、サナはどうして自分が獣人に買われたのか、理解し始めた。獣人の国では、今、ヒトを飼うことがとても流行っている。どうしてかは分からなかったが、若い獣人を中心に、ペットとしてのヒトが非常に人気だった。町では、獣人の子供たちが、人攫いの前でヒトを親にお強請りする姿がよく見かけられた。

 アレクサンドロは、成人になってからまだ2年ほどのライオンだ。まだまだ幼稚な部分が多かった。ネルソンがサナを買ってきてから1ヶ月の間、アレクサンドロは知り合いに彼女を見せびらかしまくった。

 アレクサンドロの弟であるセオドリクは、妙に大人びていて、ヒトの扱いを最初から心得ていた。サナを見るなり、哀れそうな表情を浮かべ、優しく彼女の頭を撫でた。

 ファーロウ卿の第一夫人、アレクサンドロの母親であるジョアンナは、サナを見るなり顔を顰めた。第二夫人でありセオドリクの母親であるタチアナも、苦笑いを浮かべていた。まだ若く、子供の居ない第三夫人のナナだけが、興味津々でサナの身体のあちこちを調べていた。

 町へ出れば、レランドという熊の雄の獣人にサナを撫でさせようとした。高潔な騎士である彼は、ヒトであるサナを非常に嫌がった。その様子をアレクサンドロは面白がっているようだった。

 アレクサンドロはパブにもサナを連れていった。彼は軽くサナのリードをパブの椅子に結ぶと、「酒を買ってきてやるよ!」と言って離れた。サナの鼓動が、早くなる。もしかして、逃げるチャンスなのではないだろうか。入り口をちらりと確認する。全速力で走り抜ければ、きっと……。

「やめておけ」

 ハイエナの雄の獣人が、サナの肩に軽く手を置いた。

「ここから逃げ出せても、他の獣人に捕まるだけだ。それに、ファーロウ家の奴らは裏切り者を絶対に許さないぞ。逃げたきゃ、堂々と逃げる方法を探すんだな」

「あなたは?」

 ハイエナの獣人は「サイラス」とだけ短く答えると、人混みに溶け込むように姿を消してしまった。

「ペット用の酒は無いんだってさ。ヒトも獣人の酒を飲めるのか?」

 アレクサンドロは、酒が浪波と注がれた木製のジョッキを両手に戻ってきた。

「……ええ、たぶん、飲めると思う」

「どうした? そう言われれば、今誰かと話してなかったか?」

「少しね」

 なんとなくだが、サイラスのことは、アレクサンドロに言わない方が良いと思われた。アレクサンドロはぐびっと酒を飲んだ。

「変なやつか? 嫌なことを言われたとか?」

 そう言いながら、彼はサナにジョッキを手渡した。サナは「ありがとう」と言うと、アレクサンドロのまねをしてぐびっとやった。

「~~! な、何これ!」

 強い、なんてものでは無い。アルコールそのものでは無いかと疑うほどだ。香りはすごくフルーティーなのに、味はほとんどアルコールだ。

「はは、もしかして、酒は初めてか?」

「違う――初めてじゃ無いけど、これは、ああ……ヒトの酒よりずっと強い」

「顔が真っ赤だ」

 アレクサンドロの温かな手が、サナの頬を包み込む。彼の手が心地よく感じるほどに、サナの頬は熱を持っている。

「おい、大丈夫か。具合が悪そうだ」

サナはアレクサンドロに介抱されながら、屋敷へと戻った。

 * * *

 その日を境に、アレクサンドロがサナを連れて歩くことはなくなった。サナは彼の部屋で一人寂しく毎日を過ごすしか無かった。アレクサンドロは、ペットに飽きたのだろうか。少し悲しい気持ちだ。しかし、これがサイラスの言う〝堂々と逃げる方法〟?

 アレクサンドロはサナに好きなように過ごし、好きな場所に行って良いと言う。サナは……。