「これ、ください」
声のした方を見ると、黒豹の雄の獣人がサナを指さしていた。人攫いの男は黒豹の獣人から金を受け取ると、サナのリードを黒豹の獣人に渡した。
「こんな布製の首輪とリードで、逃げられたりしませんか? 金を出せば金属製の首輪とリードに変えてもらえるんでしょうか」
「はっ。兄ちゃん、ヒトを買ったことがねえのか。俺らヒトに、これを引きちぎる力は無いさ」
黒豹の獣人は目をまん丸にして「本当に?」と素っ頓狂な声を上げた。
「はあ……理解できませんね。どうしてみんなこんな弱々しい生き物を飼いたがるのでしょう」
「なんだよ。兄ちゃんもその一人だろ」
「私ですか? まさか。主人が欲しがったので買いに来ただけですよ」
黒豹の獣人は、サナのリードをぐいっと引いた。
「ちょっと! そんな強く引っ張らないで」
「これは失礼。我が主のペット、お名前は?」
「サナ」
「サナさん、初めまして。私はネルソン・ブラックモア。どうぞ、ネルソンとお呼びください」
ネルソンは上品そうに微笑んだ。彼の服装と口ぶりからして、どこかの良家の執事だろうと思われた。ネルソンの主人がまともな獣人だったら良いのだけれど……。
* * *
ネルソンに連れてこられたのは、城のような屋敷だった。大きな門をくぐり、華美な正面玄関を抜ける。彼は使用人の中でそれなりの立場に居るらしく、すれ違う使用人たちは皆、彼の姿を見るなり作業の手を止め、ネルソンに深々とお辞儀をした。大広間を抜け、階段を上る。ある一室の前に来ると、ネルソンは扉を軽くノックし、ゆっくりと扉を開けた。
「アレクサンドロ様、買ってきましたよ」
「おお!」
部屋の奥のソファから大男がどしどしと近づいてくる。鬣がないので最初は分からなかったが、特徴的な耳と尻尾から、彼はライオンの雄の獣人に違いなかった。
「待ちに待った俺のペット! そうだ、名前は何が良いかな……。ラズベリー、ジャム……ドーナツ……どれがいいか……」
「アレクサンドロ様、すでに彼女には名前があるようですよ。サナさん、と言うそうです」
「サナ!」
アレクサンドロ・ファーロウは乱暴にサナの頭をがしがしと撫でた。地味に痛い。サナはぎゅっと目を瞑った。
「お? なんだその顔! やっぱヒトって可愛いかもな」
「痛いんだと思いますよ。商人によれば、ヒトってのはずいぶん非力な生き物のようです。まあ、その商人もヒトでしたね」
アレクサンドロはげらげら笑った。サナには一体何がそんなに面白いのか、理解できなかった。