城に戻ると、案の定マリアが話しかけてきた。
「で? どうだったの?」
「どうって……、久しぶりに町に行って楽しかったけど?」
マリアがため息をついた。「これだからあんたは」と首を横に振って、わざとらしくもう一度大きなため息をついた。
「なに?」
「別に。それより、あんたらが城を抜け出す手伝いをしたのが誰だったか、忘れないでよね」
「はいはい。忘れてないって。ありがとうありがとう」
「ちょっと! 口頭のお礼だけで済ませるつもり?」
「わかってるって。ちょっとふざけただけでしょう? で? 何が欲しいの? 高いのは勘弁してよ」
「あんたには今度の休みに、ドーナツを買ってきてもらう」
「まさか、今、すっごく人気の?」
「そうよ。朝からがっつり並んで、ちゃんとゲットしてよね」
朝から並んでも半日待たされ、やっと買えると今話題のドーナツ。クソ、こんなことなら高いものの方がよかった……。
◆ ◆ ◆
待ちに待ったお休みの日。朝から私は、話題のドーナツ屋さんの行列に並んでいた。
ここ数日、忙しい日々が続いた。レイテは嫁ぎ先が見つかって辞めてしまったし、ジェフは体調を崩してしまった。アレク様やシオドア様と今日までこれといったトラブルがなかったのは、とにかく忙しかったおかげだと思う。人手不足でみんなてんてこ舞いだった。そんな時に休むのは気が引けたけれど、みんな「休んだ方がいい。サナまで体を壊されたら困る」と言ってくれた。こんな風に並んでいたら、結局くたくたになってしまうだろうけれど。そうだ、ドーナツをマリアの分だけではなく、みんなの分も買おう。きっとみんな、喜んでくれるに違いない。
「サナ?」
顔を上げると、そこにはシオドア様が立っていた。
「な、なんでこんなところに居るんです?」
驚きのあまり、声が裏返ってしまった。我が国の城は、どうしてこうも簡単に王子が抜け出せるほど、警備が甘いのだろうか。
「お前の友達のメイドにお前の居場所を聞いた」
「もしかして、マリアですか?」
「ああ、たしかそんな名前だった」
私はため息を吐いた。マリアのやつ、いったいどういうつもりなんだろう。私がシオドア様に無理やり部屋に連れ込まれたとき、あんなに心配している風だったのに! あれは演技だったのだろうか。いや、マリアに限ってそんなことはあり得ない。
「ご自分が何をされているかわかっています?」
私の問いかけに対し、シオドア様ではなく、私の後ろに並んでいるご婦人が荒々しく答えた。
「割り込みするつもりなんだろう!? ちょっと、坊や、最後尾はずっと向こうだよ!」
「なんだと貴様……!」
私は慌ててシオドア様を押さえた。マントに隠している剣を今にも抜きそうな形相だ。
「落ち着いてください。あなたは彼女から見れば十分坊やです」
「ちょっとお嬢ちゃん? あんたまで私に喧嘩を売ろうってのかい?」
「ひっ! 違います違います、この坊やがわきまえなくって……ごめんなさい! ほら、おとなしく列から外れてください! 私たちは早朝から並んでるんです」
シオドア様はしぶしぶ列から外れ、どこかへ姿を消した。私の後ろのご婦人だけではない。列に並んでいる人は、みんな苛立っているのだ。ドーナツのために、みんなかなり早起きしている。
私は無事、ドーナツを購入することができた。後ろのご婦人と並んでいる間にすっかり仲良くなれたおかげで、並んでいる間、退屈することはなかった。
「仕事場のみんなの分を買いに来てあげるなんて、本当に優しい子だね。気を付けて帰りなよ。それと、悪いんだけどあの坊やに謝っておいてくれないかい? 怒鳴って悪かったって」
「ええ、伝えます。レディも、お気をつけて」
ご婦人と別れてすぐ、人ごみからシオドア様が現れた。
「どうしたんです、坊や。迷子ですか?」
「おい、不敬だ」
「ここはお城じゃありません。それに今は仕事中じゃありません」
「態度を改めろ。いつだって高位のものに敬意を払うべきだ」
「わかりました、坊や」
シオドア様は軽く舌打ちをした。