何となく立ち寄ったギャラリー。サナは、ある絵画の前で足を止めた。その絵には大きな木と、タキシードを身に纏った男性が描かれていた。花束を持つその男性はどこか寂しげだ。そんな彼に寄り添ってあげたい……なぜだか、そんな気持ちになった。
絵画を眺めるサナのそばに、女がやってきて、「その絵、気になりますか? 良かったら、引き取っていただけませんか」と声をかけてきた。
つまり、購入しないかということだろう。絵画なんて、買ったことがない。この絵は、いったいいくらするのだろう。値段もわからないうちに、「はい、買います」とは言えない。
「その……いくら、ですか?」
恐る恐る尋ねると、女はにっこりと笑って「お代はいりません。お気に召したのなら、どうぞ、お持ち帰りください」と言った。
「え……?」
驚いているサナをよそに、女は壁から絵を外すと、額縁ごと手渡してきた。
「遠慮なく。どうぞ、お持ち帰りください」
「も、もらえませんよ……いいんですか? こんなことして……」
困惑するサナをまっすぐに見つめたまま、女はきょとんとした表情を浮かべてから、「これは失礼しました!」と頭を下げ、名刺を差し出す。名刺には女の名前と、肩書きが書かれていた。
「ギャラリーオーナーの……イワイズミさん?」
「はい! ですから、どうぞ、この絵を持ち帰ってください。手提げ袋はご入り用でしょうか?」
話している間も、イワイズミは絵画をぐいぐいと押し付けてくる。どうしてもこの絵画をサナに持ち帰ってほしいらしい。理由はわからないが。
美術商が、得意先ですらない一般人に、しかも無償で絵画を譲るなんておかしい。サナもそう思った。だが、その絵を気に入っていたこともあり、結局、絵画をもらってしまった。
◆ ◆ ◆
帰宅後、サナはさっそく絵画を寝室の壁に飾った。
「うん……いい感じ」
まるでこの絵を昔からここに飾っていたかのようだ。妙にしっくりとくる。サナは満足して、眠りについた。
◆ ◆ ◆
その夜、サナは妙な物音で目を覚ました。ギシギシという何かが軋むような音。はじめは、ベッドが軋む音か、家鳴りの類だと思った。だから、放っておけばそのうち鳴りやむものだと思い、サナは布団を頭まで被って、再び眠りにつこうとした。
だが、いつまで待っても、一向に鳴りやむ気配がない。
ギシ……ギギ、ギシ……。
むしろ、その妙な音は最初よりも大きくなっている。そんな気さえした。
さすがにおかしい。サナは身体を起こすと、暗い室内で耳を澄ませ、音の発生源を探った。
ギシ、ギシ……。
音は、壁の方から聞こえてくるようだった。時計を見れば、午前二時。隣室の住人が、子作りに励んでいて、家具や床の軋む音がこちらの部屋にまで届いているのかもしれない。
……それならそれで構わないか。
サナは溜め息を吐いて、再びベッドに寝転んだ。例の軋む音は、気にはなるが、けして騒音レベルのものではないし、眠ろうと思えば眠れる程度の音だ。サナは布団をぐっと引っ張って頭まで覆うと、目を瞑った。若干の息苦しさはあるものの、少しだけ音が小さくなったように思えた。
明日も早いのだから、眠らなくては。
暗闇の中、何も考えないようにして、ゆっくりと呼吸を繰り返す。例の音は相変わらず鳴り続けているが、なるべく意識しないようにする。だんだんと、意識がぼんやりとしてきた。
あと少しで眠りに落ちる……そう感じたとき、例の音が鳴りやんだ。
――ああ、お隣さんもようやく眠る気になったんですね。
そんな風に内心微笑んでいると、ベッドの端の方がぐにゃりと沈むような感覚があった。まるで、誰かが膝をかけて、ベッドに乗ってくる……そんな感覚だった。けれど、サナは一人暮らしだ。ベッドに乗ってくる者なんて、居るはずがない。まさか、不審者が入ってきたのだろうか。玄関の鍵は施錠したはずだ。だが、眠る前に換気のために少し窓を開けたあと、閉めたかどうかが思い出せない。
何より、頭まで布団を被ったせいで、何も見えない。そのせいで、常に最悪のパターンを想像してしまう。侵入者が一人ではなかったら? もし、刃物を持っていたら……?
サナの冷や汗で、布団の中は湿度が高い。恐怖で声が出ない。身体も……動かない。
「……?」
どういうことだろう。指一本、動かせない。
恐怖ゆえに動けないのかとも思った。だが、そうではないようだ。全く動かない。呼吸と、瞬き、目を動かすことしかできなかった。
何者かが、スプリング入りのマットレスの上でバランスを取りながら、サナに覆いかぶさってくる……。見えないけれど、その動きがベッドの上にいるサナに伝わってくる。
やめて。今すぐ消えてよ――心の中でそう強く願ってみるが、効果はない。何者かの手が、サナが被っている布団を掴んだ。そして、そのまま引き剝がされる。
「……っ」
サナに覆いかぶさっているのは、タキシード姿の男性だった。前髪は後ろに撫でつけられ、白い手袋までつけている。真夜中のサナの部屋には似つかわしくない正装。だが、サナはこの男に見覚えがあった。この男は……今日――日付が変わってしまったから厳密には昨日だが――もらい受けたばかりのあの絵に描かれていた人物に瓜二つだったのだ。
ただ、一点だけ、絵と異なる箇所があった。男の首には、独特な結び方のロープが巻かれていた。フィクションで何度も見たことのあるその結び方は、縊死を彷彿とさせた。
「大丈夫……痛くしないから。僕に任せて……」
男はそう囁くと、サナの頬を愛おし気に撫でた。唇を重ね、サナの寝巻きを丁寧に脱がしていく。手つきが荒々しくなることはなく、まるで宝物でも扱うかのようにサナの胸を柔らかく揉む。色づき、尖り始めたところに舌を這わせ、優しく啄ばむ。
「本当に嬉しいよ。僕を受け入れてくれて……」
男の言葉の意味はわからないし、相変わらずサナの身体は言うことを聞いてくれない。男はサナの脚を大きく開かせると、ショーツをするすると脱がせた。そして、サナの秘所を見つめたまま、微笑んだ。
「すごい……綺麗だよ、サナ。これから、君のここを見るのは僕だけ……ここに挿れるのも、もちろん僕だけ……」
ふうっと男の息が秘所にかかる。男はそのまま口を近づけ、秘所の中に舌を挿れた。内側を舐めまわしながら、指先で肉芽を摘まむようにして擦る。
「んん……ん゛っ……」
言葉にならない喘ぎが、サナの喉の奥から漏れる。身体を動かすことのできないサナは、ただ快感に耐えるしかなかった。……だが、当然、長くは保たない。
「~~ッ!!」
サナの身体がぶるっと震え、ぷしゃっと秘所から潮が迸る。男は自身の顔にかかったものを舐めながら、満足そうに笑う。
「気にしなくて大丈夫だよ。君がそれだけ感じてくれたってことだろう? 光栄だよ」
男の口調は柔らかく、甘い。彼の言葉だけ聞けば、あたかも恋人同士が愛し合っているかのようだ。だが実際は、サナの身体が動かないことをいいことに、好きなようにされている……。
「そろそろ……僕のを挿れてもいいかな? 痛かったら、言って……」
男は優しい声色のまま、そんなことを言うが……当然、サナの返答は待たない。背中に腕を回し、強く引き寄せながら、首筋や耳たぶに唇を這わせて、折々甘く噛みつく。サナの濡れた場所に指で触れ、愛液を掬いとると、それを己の熱く滾ったものの先端に塗りつける。肉棒で蜜壺の入り口を探り当てると、そのままゆっくりと腰を前に押し出す。サナの中へ、彼の太く大きなそれがずぶずぶと沈み込んでいく。肉棒が内側へ進むたびに、水気を含んだ淫音が生じる。
「ん、あぁっ……うう……」
「サナの中……すごく熱い……大好きだ、愛している……」
男はサナの身体を抱きしめたまま、抽送を繰り返す。腰が打ち付けられ、最奥を穿たれるたび、サナの身体の深いところでとろみのある甘い音と快感が響く。
男の動きはどんどん激しさを増していき、二人の身体が汗でぐっしょりになるころには、サナの身体は快感に支配されていた。
男は腰を深く沈め、限界まで奥を突き上げたのち、ついにピクピクと肉棒を震わせながら達した。大量の白濁がサナの蜜壺をあっという間に満たしてしまう。溢れた分が、逆流して結合部から零れ、太ももを伝ってベッドを濡らす。
「ありがとう……僕を受け止めてくれて」
男は、あくまでサナが喜んで行為に応じた前提でそう囁いた。
◆ ◆ ◆
目を覚ますと、男の姿は消えていた。残されたのは、サナの気怠い身体と、ベッドを濡らし、蜜壺にもまだ残る白濁……。
ぼうっとする頭で壁の方を見る。
絵の中の男が、微笑んでいた。寂しげな雰囲気は消え去り、幸福感に満ちた表情でこちらを見ている。サナは溜め息を吐いてから、再び目を閉じた。
