いつもの帰り道、妙なポスターがサナの目に留まった。そのポスターには大きく『伴野えい呪物展』と書かれていた。サナは『伴野えい』なんて人は知らないし、『呪物』とやらにも興味はなかった。だが、ポスターによれば入場は無料だ。ここからすぐそばのようだし、この後、特に予定もない。だから、行くだけ行ってみるかという気持ちになっていた。他に来場者が居なかったり、入り難い雰囲気だったりしたら、静かにその場を去ればいい。
ポスターの前でそんなことを考えていると、年配の女性がサナに声をかけてきた。
「あのぉ……行くんですか、呪物展」
サナは「ええ、まあ……」とやや動揺しながら答えた。突然声をかけられたというのもあったが、何より、その女性の服装が気になった。つばの大きな帽子をかぶり、首には手ぬぐいを巻いている。その上、長袖の腕からアームカバーを着け、長靴を履いている。まるで、つい先ほどまで農作業でもしていたような服装だ。おまけに、ズボンの膝には、赤土がわずかについている。もちろん、こんな町中に畑などあるはずもない。
「お願いしたいことがあるんですけど、いいですかぁ?」
困惑するサナをよそに、妙に間延びした声で女性はそんなことを言った。……この女性に関わるべきではない。本能がそう言っている。だが、女性は断ろうとしていたサナの腕を掴み、そのまま会場のほうへ歩き出した。とても強い力で、振りほどけない。とても女性の力とは思えなかった。「やめてください」とか「誰か助けてください!」と叫び、腕を振ったり、腰を落として足に力を入れたりして抵抗したが、サナはどんどん会場のほうへ引き摺られていく。おかしなことに周囲の人は誰も、サナに気が付かない。
「お願いっていうのはですねぇ、取ってきてもらいたいものがあるんですぅ……布がね、ぐるぐる巻いてあるんですよ。それから、一枚、赤いお札が貼ってあるんですぅ。それを取ってきてもらえますかぁ?」
サナを会場のビルの前まで強引に連れてきた女性はそう言った。「取ってきて」とは言うが、要は「盗んで来い」ということではないか。
「無理です! そんなことできませ――」
言いかけて、サナは口を噤んだ。女性の顔がぐにゃりと歪んだのだ。比喩ではない。物理的に、彼女の顔が水面のように波打ち、歪んだのだ。顔の中心に黒い穴のようなものが空き、その中から白い指が出てきた。そして、その指が穴を押し広げると、そこから赤い瞳が覗いた。
「いいから、やれよぉ」
低い男の声だった。……明らかに人間ではない。もし、逆らったらどうなるのだろう。暑くもないのに、背中が汗でびっしょりと濡れている。
赤い目は、まだサナを睨んでいる。サナは「わかった……」と答えるしかなかった。
◆ ◆ ◆
エレベーターに乗り、会場の3階で降りると、会場は想像よりも人で賑わっていた。入り口のポスターを撮影する人や、『伴野えい』と思しき人物と何やら話している人たちもいる。この呪物展は、撮影禁止エリアが一切ないらしく、皆、スマホでパシャパシャと撮影していた。
サナは、あたりをきょろきょろと見渡しながら、「布がぐるぐる巻いてあって、赤いお札が貼ってあるもの」を探した。
絵画やヴァイオリン、子どもの落書き……あらゆるものが展示されているが、女性の言っていたようなものはどこにも見当たらない。一通り見て回ったが、見つからない。
「……あ」
そのとき、少し離れたスペースにも展示物があることに気が付いた。それは非常口のすぐそば、雰囲気を出すためか、そこだけ照明が落とされていた。丸いテーブルの上に置かれた蝋燭の炎が揺れているのが見える。そのスペースには不思議と誰もいない。展示物はすべて見た。あの一角を除いて。
「あそこかも……」
近づいてみてわかったが、テーブルの上には蝋燭のみならず、線香も焚かれていた。最近よく見かける、香りがあまりしないタイプの線香のようで、近くにくるまで、あの独特な匂いは一切しなかった。壁には、どこかの神社と石造りの階段の写真……それから、先ほどの妙な間延びした話し方の年配女性の写真が飾られていた。
「……どういうこと?」
サナはテーブルの上にあの女性が言っていたモノを見つけた。彼女が言っていた通りのモノだった。薄汚れた細い布が幾重にも巻き付けられていて、その上から赤いお札が貼られていた。……これは、いったい何なのだろう。この会場で最も呪物らしいものだった。
テーブルの上には、呪物に関する小さな紹介カードも置かれていた。カードには『こちらの展示物はご自由にお持ちください。伴野えい』と書かれていた。……これは助かる。いくら人間とは思えない恐ろしいものに脅されたからと言って、盗みを働くのは気が引けた。だが、こう書いてあるのであれば、まだ気が楽だ。主催者がこのようなカードを置いているのも妙な話だとは思うが。サナは窃盗だと言いがかりをかけられたときのために、例のモノとカードを懐にしまうと、会場をあとにした。
……そこからの記憶がない。
◆ ◆ ◆
次にサナが目覚めたのは、見知らぬ部屋の中だった。湿った木のにおい、痛んだ床……。どうしてこんな場所で眠っていたのか、サナにはさっぱりだった。窓は一切なく、両開きの扉がひとつあるだけだった。
サナはポケットをまさぐり、スマホを探したが……出てきたのは、あの小さなカードだけだった。だが、記載内容が変化していた。
『出してくれて、ありがとう』
サナは小さな悲鳴をあげ、思わずそのカードを落としてしまった。それとほぼ同時に、扉がゆっくりと開きはじめた。中から、腕がやや長く、妙に色白で和服を着た男が現れた。白く長い髪を引き摺りながら、サナに近づいてくる。目元は髪で隠れていて見えないが、口は耳まで裂けていて、明らかに笑っていた。
「ありがとぉ……だぁいすき……お礼に、我の巫女にしてあげるぅぅぅ……」
逃げ出そうとするサナを、男は素早い動きで捕まえる。
「可愛い、可愛い、可愛いぃいい!!」
男はサナを強く抱きしめると、無理やり頬擦りしてきた。やたら長くて赤い舌が、でろっとサナの唇を舐める。
「や、やだ……放して……!」
男の舌がぬるりとサナの口内に挿し込まれる。舌を無理やり絡め、歯列をなぞり、喉奥まで犯される。
「んぐぶ……ぐぶっ、や、やめ……んぐっ!」
男はニタニタと笑いながら、口づけと呼ぶには濃厚かつ強引な行為を楽しむ。喉の奥を舌で突かれ、サナの目が潤む。頬を涙が濡らせば、それすら男に舐めとられてしまう。
男はサナを床に押し倒すと、彼女の脚を大きく広げたまま、腰を持ち上げた。舌で器用に下着をずらして、すでに潤い始めていた秘所をれろれろと舐める。
「そ、そんなところ……舐めないでっ、あっ……んんッ、や、やだ……」
愛液は臀部や太ももまで濡らしている。男は無遠慮に後ろの穴を指で弄りながら、蜜壺に舌をいれた。
「ああッ……ん、んう……い、いやぁ……ああッ」
サナの肩がぷるぷると震え、彼女の意思とは関係なく、男の舌をきゅっと締め付ける。充血し、ぷっくりと膨らんだサナの肉芽を、男は笑いながら指で弾いた。
「あああああッ!!」
サナの脚ががくがくと震える。サナは涙目で「も、もう……やめて……」と言ったが、男は巨大な己を彼女の入り口にあてがった。
「可愛いねぇ……もっと啼かせてあげるからねぇ……っと!」
「~~~ッ!!」
ずぶりと極太のそれが、一気に奥まで突き入れられた。あまりにも強い快感を受けたサナは、入れられただけで達してしまった。
「あ~~気持ちいい~~……これ、すぐ射精しちゃうなぁ……いっぱーい、出してあげるからねぇ……」
間延びした話し方とは裏腹に、男の腰の動きは力強く、速い。最奥まで突きまくりながら、サナの唇にちゅぱちゅぱと吸いつく。
「んんっ、んあ……んぐッ」
快感に支配されたサナの腕は、だらんと床に投げ出されたまま。男が腰を打ち付けるたび、サナの胸が揺れ、彼女の口から甘い悲鳴が上がる。
「ほんっと可愛い~~……我の子種、いっぱいあげちゃう……」
最後の瞬間が近いのだろう。男の腰の動きがより速く、容赦なくなっていく。
「ほら……全部受け止めてッ!!」
男が肉棒の先端をサナの最も深い場所に押し付けたまま、ぶるりと身体を震わせた。どぶっ、どくどく……と、人間離れした量の白濁が、サナの中に吐き出される。
「あ……まだ出てる……最高。ねえ、もう一回しようよ……あれ? 聞いている? ふふふ……本当に可愛いなぁ……」
度重なる絶頂で気を失ったサナの顔をべろべろと舐めながら、男は再び腰を動かし始めた。
◆ ◆ ◆
例の場所の線香が消えていることに気が付いた私は焦った。まずい。封印が解けてしまった。また最初から、やり直さなくてはいけない。間に合うだろうか。震える手で、引き出しから線香を取り出し、急いでライターを使って火をつけたあとで、そもそも例のモノが見当たらないことに気が付いた。念のため、私は丸テーブルの下や、別のスペース、そばの植木……とにかく会場中を確認したが、例のモノはどこにもなかった。
……あれは、恐ろしい神を封じたものだ。
■村の最後の住人である女性から、保管を依頼された。彼女自身もすでに祟られていて、あれを私に託してからすぐに亡くなっている。
あれは気に入らないものの命を奪いつくす存在だ。そんなものを、野放しにするわけにはいかない。私はあれを破壊する方法を求め続けた。しかし……見つからなかった。どれほど悪いものであったとしても、人間風情が神を殺すことなどできないのだ。
完全に鎮める方法は、■村の最後の住人が教えてくれた。私はその方法を使いたくなかったからこそ、必死で他の方法を探し続けた。なぜなら、彼女が教えてくれた方法というのは……巫女として女性を神に差し出すことだったからだ。
私は、あれを譲り受けたことを後悔していた。あれは巫女――いや、生贄を求め続けた。あらゆる霊能者の力を借り、長い間、何とか封じてきたが……私はもう疲れてしまった。たくさんの金と時間を注ぎ込んできたのだ。ただ、封じるためだけに。
私がこの地獄から逃れる方法は、ただひとつしかなかった。
私が『呪物展』を開いた唯一の理由だ。見知らぬ誰かに、あれを持って行って欲しかった。どうなるかわかっているからこそ、知人には押し付けられない。取引のために相手と少しでも会話をしたら、良心が痛んで、譲れなくなってしまうだろう。
私が知らない人で、相手も私を知らない。そんな人に、適切な封じ方を伝えないまま、押し付けてしまいたかった。そんなことをすれば……その人は数千年分の呪いを一身に受けることになるが。
あれが会場から消えたということは、今この瞬間も、哀れな誰かが恐ろしい神に弄ばれていることだろう。その人には申し訳ないと思う。心から。けれど、私はすでに限界だったのだ。許してほしい。どうか、許してください。
申し訳ない気持ちでいっぱいのはずなのに、フロアタイルには私の満面の笑顔が映っていた。
