「……!」
「どうしたんだね、ギャレット」
ギャレットが急にあたりをきょろきょろと見回し始めた。ウィティング伯爵が心配そうに彼の肩に手を置く。ギャレットの肩に置かれたウィティング伯爵の手は透けていた。
「伯爵は聞こえなかった? 今、サナの悲鳴が聞こえた気がしたんだ」
ベットからジェスが「何も聞こえなかったわ」と呟く。
「そうか、気のせいか……」
ギャレットは納得がいかない様子だったが、再び魔法陣に向き直った。
「みんな、本当にいいんだね?」
ウィティング伯爵や、使用人たちが静かに頷く。
「サナが君たちにお別れの時間をあげて欲しいって言ってたんだ。お互い言い残したことはない?」
ウィティング伯爵や使用人たちは首を横に振った。
「ギャレット、あの子に……サナに伝えて。大好きよって。ありがとうって……」
「わかった。必ず伝えるよ」
ジェスの目元が少し濡れているように見えたが、気のせいだろう。彼女は涙を流すことができないはずだから。
ウィティング伯爵がギャレットの手を取った。
「ギャレット、ありがとう。本当にありがとう。10年も、素晴らしい夢を見させてくれた。君には本当に感謝している」
「俺だってあんたたちには感謝している。前払いで、きっちり支払ってくれた。じゃあね。向こうでも達者でね」
そう言うと、ギャレットは魔法陣の一部を足で消した。ウィティング伯爵や使用人たちの姿がゆっくりと消えていった。いつの間にか、あれだけ立派だった屋敷は廃墟になっていた。壁も床もぼろぼろで、あちらこちらから日の光が差し込んでいる。風化して木製のフレームだけが残ったベットには、ジェスにそっくりな人形が横たわっていた。
「君は泣けないはずだろう?」
ジェスにそっくりな人形の目元は、涙らしき液体で濡れていた。
◆ ◆ ◆
まったく、どういう事なんだ。あのあばずれを殺した後、屋敷は廃墟になった。あのあばずれこそ、あの屋敷の悪魔だったのだろうか。とにかく、あんな穢れた土地には一分一秒も居たくなかった。風化して崩れ落ちた門扉を抜け、森の中を全速力で走る。
「いつ、僕が悪魔を殺せと言った?」
神だ。突然目の前に神が現れた。神の姿を見るのは初めてだったが、すぐに神だとわかった。私は慌てて走るのをやめ、神に跪いた。
「はあ、はあ……あれは……あれが、殺せと言ったんです」
「お前に神託を与えた覚えもないが」
「そ、それは……。で、でも、私は悪魔を見つけ、殺すことができました」
「僕の名前を使って勝手なことをされると困るんだよ。色々あって、悪魔どもとは休戦中なのに。本当に余計なことをしてくれたね」
神が。神がお怒りだ。神は私を守ってくれない。ほめてくださらない。すべて、すべてわかっていたことだ。
「私を殺すのですね。最後に、最後にどうか教えてください」
「何?」
「なぜ、私は親に売春宿に売り払われなければいけなかったんですか。どうして、あなたは助けてくださらなかったんですか」
変態野郎どもにいいようにされ、毎晩私は神に助けを求めた。神は助けてくれず、お声をかけてくださることすらしなかった。
「それが天界で採択されたプランだからだよ。もういいかい、オリヴァーくん。僕の名前を勝手に使った者は罰しなければいけないんだ。許してくれ。」
天界で採択されたプランだと? なんだよそれ。全然納得できない。
「もういいね、オリヴァーくん。さようなら」
何て自分勝手なんだ。さすが神様だ。神の首にかけられた白い石が青白く光るのが見えた。