「ギャレットは、いい奴みたいです」
私がそう言うと、ジェスお嬢様は眉間にしわを寄せた。
「追い出そうって言ってなかった? 私の記憶違いかしら」
「た、たしかにそんなことも言いましたが、今はそうは思いません」
「呆れた。あの美しい顔に惚れてしまったのね」
「まさか! 違います。私はあれよりも美しい人を、30人……いや、50人は知っています」
「言い訳にしては苦しいわね。あれほど美しい人はそうはいないわ。いるとしたら、それこそ地獄か天国でしょう。確かにあなたは天使みたいだけど、神様が寂しい私にわざわざ天使を送り込んでくれるはずないわ」
ジェスお嬢様は心の底から愉快そうに笑った。ああ、私が本物の天使だったら、ジェスお嬢様は喜んでくれただろうか。
◆ ◆ ◆
ウィティング屋敷は、悪魔の住処にされてしまっているが、それ以外に恐ろしいことは起きていない。ウィティング屋敷に門番は居らず、彼らは客の相手もしない。どういうわけかウィティング屋敷の人たちは、屋敷の外に出ようとしなかった。そのため、客人の相手は私の仕事になっていた。
ある日、エクソシストを名乗る男がやって来た。私は正面玄関の扉を少しだけ開けて、対応した。神父のような男が、人のよさそうな笑顔を浮かべて立っていた。
「私はオリヴァー・シールズ。神託を得ながら、各地を旅して悪魔を祓っています」
「そうですか、初めましてオリヴァーさん。私はサナです。ご足労いただいたのに申し訳ありませんが、当屋敷に悪魔に憑りつかれたものはいません」
「ええ、存じております。この屋敷には、悪魔そのものがいます。あなたもそれをわかっているはずです。なぜ、匿うのですか」
私はため息を吐いた。お節介な悪魔祓いだ。遠回しに帰ってくれと言っているのがなぜわからないのか。
「悪いけど、帰ってくれないかしら。誰もエクソシストなんて呼んでないの。少なくともここでは必要としていない」
「それは皆、悪魔に操られているからです。神託があったんです。ウィティング屋敷の悪魔を殺し、あなたを助けるようにと」
私は舌打ちをして「神がそんなことを?」と吐き捨てるように言い、オリヴァーを睨みつけた。
「神がお嫌いですか」
「さあ。少なくともあなたは嫌いよ、オリヴァーさん」
◆ ◆ ◆
「さっき、神託を得てこの屋敷に来たとか抜かすエクソシストが来たわ」
「それは大変だ。俺のようなちっぽけな悪魔でも、神様に見られちゃっているんだね」
ギャレットは茶化すように言う。
「ねえ、心配だわ。あなたに傷ついてほしくない」
「君は優しいね。天使みたいだ」
「天使が地上にいるわけないでしょう。ねえ、本当に心配しているのよ」
ギャレットは「わかったわかった」と言いながら食事を再開した。
「もし……あなたがこの屋敷を出たら、お嬢様はどうなるの?」
「もしかして、俺に逃げてもいいよって言ってくれてるの?」
神託を得ることができる聖職者はごくわずかだ。神託を得ると言うことは、神に〝こいつは使える〟と思われているということだ。
「だって……」
「ジェス嬢は、二度と動かなくなるだろうね。魂が解放され、二度と地上に戻ってくることはない」
「そんな……」
「あれだけの魂をこの屋敷に縛り付けているんだ。神様に目をつけられてもおかしくない」
ギャレットはワインを一口飲むと、口元を丁寧に拭った。
「悪魔に食事は不要だと思ったけど、あなたは食べたり飲んだりするわね」
「必要なことだけしていても、面白くないだろ。俺は人間に興味がある。食事も、非常に興味深い行為だ」
そう言ってギャレットはワインを勧めてきたが、私は断った。