ジェスお嬢様の言った言葉の意味を一晩考えてみたが、さっぱりわからなかった。たしかに、死人のようではある。本人が言っていた通り、ジェスお嬢様は食事もとらないし、汗もかかない。それどころかお手洗いにも行かない。やせ我慢している様子もなく、屋敷の他の人間もそれが当たり前だと言うように振舞う。
「私のこと、気持ち悪い?」
「いいえ。ただ、私はお嬢様の世話係なのに、何をすれば良いのか……」
「話し相手になってくれればいいの。他のみんなは……私と話したがらないから。お父様は、私を見るたびに辛そうだし」
「それはお辛いでしょう。私でよければ、いくらでも話し相手になります」
ジェスお嬢様は、とにかく私のことを聞きたがった。故郷はどんなところだったのか、友達はいたのか、どうしてこの地方にやって来たのか……。私はすべての質問に対し、はぐらかすような答えしか返さなかった。ミステリアスなメイドだと思われたかったわけじゃない。ジェスお嬢様の清らかな魂を、私の話で少しでも穢してしまうことが怖かった。
「どうして、はぐらかすの?」
「面白い話ではありませんから。……ところで、お嬢様は黒髪のおかしな男をご存知ですか」
私は話題を変えたかった。穢れ切った私の話以外なら、何でもいい。
「おかしな男?」
「ええ。初めてこのお屋敷に来た時に、この屋敷の主でもないのに偉そうに振舞う男を見ました。彼は、何なのでしょう」
「それはきっと、ギャレットのことだわ。彼は恐ろしい人よ。近づいてはいけないわ」
「お客様なの?」
「そうね……何ていえばいいのかしら。客人でもあるけれど、お父様に仕えているの」
客人を雇うとは、ウィティング屋敷はよっぽど人手が足りていないようだ。
◆ ◆ ◆
「やあ、君。ジェス嬢の世話係になったんだってね」
ギャレットが親し気に話しかけてくる。馴れ馴れしい男だ。しかし、ウィティング家の客人らしいから、丁寧に扱わなくてはいけない。
「ギャレット様、でしょうか」
「俺のことが気になってジェス嬢に聞いちゃったんだ?」
「まあ、そんなところです。あなたは、どちらからいらしたんですか」
「下の方から。勘違いするなよ。ちゃんと招待されたから来たんだ」
「下の方から? もしかして、悪魔だったりして」
ギャレットは否定も肯定もせず、ただ微笑を浮かべるだけだった。
◆ ◆ ◆
ギャレットが悪魔だとして、どうしてこの屋敷に招待されたのか。真っ先に思いつくことと言ったら、ジェスお嬢様だ。ジェスお嬢様が亡くなって、伯爵はギャレットを呼び出し、契約を交わしたのだろう。
食事も睡眠も必要ない人間を作り出せるとしたら、それは神の御業か、悪魔の所業に他ならない。悪魔は魂を食らうと聞く。こんな屋敷はさっさと逃げ出した方が良い。だが、ジェスお嬢様や、ウィティング屋敷の人々を見捨てることはできない。
「ギャレットに会ったのね」
「ジェスお嬢様、どうにかしてあいつを追い出しましょう。あれは……悪魔じゃないですか」
「……そうね。前も言った通り、彼は恐ろしい。恐ろしいわ。でも、悪い人ではないの。現に、お父様は彼のおかげで――」
ジェスお嬢様はため息をついた。とても悲しそうな表情を浮かべている。
「みんな彼には感謝しているの。いつかは出て行ってもらわなくちゃいけないと思うけれど、追い出すのは駄目よ」