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友達(NL/人外/無理やり)

 子どもの頃の、夢か現実かも定かではない記憶だ。

 サナが父親の田舎、祖父母の家の屋根裏で昼寝をしているときのことだった。あれは、暗闇から音もなく這い出てきた。

 体中煤だらけなのか、本当に真っ黒なのかはわからない。とにかく、闇そのもののように黒かった。

 輪郭はぼやけていて、その形をはっきりと見ることはできない。だが、人間に似ているとも、獣に似ているとも思ったことはない。確かなのは、それは常に四肢を使って歩いていた。床を音もたてずに這いずり、昼寝中のサナの顔を覗き込んで、決まってこう呟くのだ。

「まだ早い」

 その言葉の意味は、当時も今もわからないままだった。

 ◆ ◆ ◆

 祖父母が亡くなったあと、あの家の管理は父がしていた。家が痛まないように換気をして、軽い掃除をし、雑草が伸び放題の庭を何とかする。月一のこととはいえ、かなりの重労働だ。だが、父は生まれ育った家に愛着があるらしく、苦ではなかったようだ。その証拠に、毎月きちんとこなしていた。しかし、その父もぎっくり腰をやってしまい、しばらくあの家に行けなくなってしまった。初めのうちは母に家の手入れを頼んだようだが、父と違って、母はあの襤褸屋に思い入れなどない。二度ほど父の代わりをしたあと、「別に、お父さんが良くなるまで放っておいても平気でしょ」と、それ以降は父にどれほど頼まれても、あの家に行こうとはしなかった。

 そして、とうとう父はサナに家の手入れを頼んできた。あんな遠方の田舎へ行くのはごめんだったが、「一回でいいから。駄賃も出すから」と父に言われ、承諾してしまった。

 ◆ ◆ ◆

 休みの日、サナはあの家に来ていた。車を家の前に停めて、父に渡された掃除道具をトランクから取り出す。

 庭を見ると、雑草が野放図に広がっていた。母が最後に来たのは、いつだったのだろう。そもそも、その際に庭まで触ったかどうかすら定かではない。

「これ……一日で終わるかぁ?」

 独り言を呟きながら、サナは玄関の鍵を開け、家の中に入った。パチンと電気のスイッチを押すと、硝子が何かにぶつかるような音が数回したあと、昨今では滅多にお目にかかることがなくなった白熱灯が点いた。

 薄っすらと家具に埃が積もっているものの、庭ほど酷くはない。家の中は、箒で掃いてから、拭き掃除をすればあっという間に綺麗になるだろう。

 さっそく、サナは父から借りたはたきを手に取ると、家具の上の埃を払い始めた。数回払ってから、埃を吸い込んでしまい、くしゃみが止まらなくなった。

 そう言われれば、父は「掃除のときはマスクをしろよ」と言っていたっけ。全く、慣れないことはするものではないななどと思いつつ、サナはティッシュで鼻をかんだ。そのあとも、数回くしゃみは続いた。落ち着いたところで、サナは父から渡されていたマスクを着け、埃を払う作業に戻る。

 ふと、箪笥の上に置かれた写真に目が留まった。

 写真には、この家の前で穏やかな微笑みを浮かべる祖父母、それから、二人の間で無邪気な笑顔をこちらに向けている、幼き日の自分が写っていた。

「懐かしいなぁ」

 祖父母が亡くなったのは、十年以上前のことだ。最後に会ったとき、祖父母はすっかり呆けてしまっていて、サナを「他所のお嬢ちゃん」としてしか認識できなかった。

「二人とも……急にボケちゃって、一緒に亡くなっちゃったんだよねぇ……」

 祖父母の葬式は、二人まとめて行われたのを覚えている。二人分の遺影が飾られ、棺も二つ並んでいた。参列していた親戚の誰かが「仲のいい夫婦だったからなぁ。ボケるのも、死んじゃうのも一緒だったんだなぁ」と話していた。当時はそういうものかと思っていたが……今思えば、妙な話だ。少なくとも、非常に珍しいことだろう。

 ――そう言われれば、二人が急に呆けてしまう前、どんなことを話したのだっけ。

 サナは写真をそっと戻し、はたきで埃を払いながら、記憶を辿ってみる。

 庭のビワを食べながら話したときか――いや、それはかなり前のことだ。三人でショッピングモールへ行ったときか――違う、もう少しだけあとのことだ。

 そうだ、ようやく思い出した。二人と最後にまともな会話をしたのは、サナがこの家に泊まりに来たときの、夕飯でだった。

 ◆ ◆ ◆

 食卓には、ハンバーグやエビフライが並んでいた。祖母が気を遣ってくれたのだろう。サナの大好きな洋食ばかりだった。和風の、表面がゴツゴツとしている洒落た皿の上にハンバーグ、味噌汁を入れる椀にコーンスープ。二人は普段、洋食なんて食べないのだろう。それなのに、サナのために用意してくれた。それが嬉しかった。

 だから、お礼に二人を楽しませなくてはいけないと張り切っていた。何か、面白い話でもしてやらねば。子ども心に、そう思った。

「今日、”友達”に会ったよ!」

 サナがそういうと、祖母はいつもの穏やかな微笑みを浮かべて「あら、モミヤマさんのとこのお嬢ちゃんかな。まさか、オオタさんとこのワルかな?」と尋ねてくれた。サナは首を横に振った。どちらも違う。

「屋根裏にいる、黒いやつ!」

 昼寝のとき、たまに見るあれと、まともな会話を交わしたことは一度もない。だから、もちろん友達と呼べるような関係ではなかった。だが、祖父母に「私はどんなやつとも友達になれちゃうんだよ」と自慢したかった。それだけだったのだが……祖父母の顔は真っ青だった。

 そのあと、祖母はすぐ、父に電話をした。そして、私を家の外へ出すと、「そこで待っていなさい」とだけ言った。一時間ほどして、眠そうな父が「急に何なんだよ、お袋」と文句を言いながら迎えに来てくれた。

 サナのお腹がぐうっと鳴った。そして、あの素敵な祖母の手料理を食べることはなく、二度と二人とまともな会話をすることもなかった。

 ◆ ◆ ◆

 あの時、あれを友達呼ばわりしなかったら。二人にあれの話をしなかったら。二人ともまだ存命で、元気に暮らしていたのだろうか。

「……私のせい、なのかな……」

 はたきが、サナの手からぽとりと落ちた。拾う気になれず、サナはよろよろと歩き、屋根裏へと続く階段に腰を下ろした。階段と言っても、急勾配の、ほとんど梯子のようなものだ。

 ぼんやりと天井を見る。

 ……屋根裏部屋、どうなっているのだろう。

 サナは一段一段、踏み外さないように注意をしながら、階段を上って行った。

 意外にも、屋根裏部屋は綺麗だった。他の部屋と異なり、埃が一切ない。まるで、誰かがこの場所だけ毎日掃除でもしているかのようだった。

「変なの……わッ」

 暗闇から飛び出してきた大きな何かが、サナを床に押し倒した。背中を打ち、鈍い痛みに呻きながら、サナは何かを押しのけようとしたが、そいつはびくともしない。

「熟した、熟した、熟した……!」

 そう繰り返しながら、そいつはサナの首筋に鼻をつけ、何度も香りを吸い込む。

「な、何なの……!!」

 サナを組み敷いたものは真っ黒で、輪郭がぼやけていた。子どものころに見たあれと、同じ者だろう。

「嫌……降りて……!」

 そいつはサナのスカートを乱暴に捲り上げ、ショーツを引き裂くと、肉芽をちゅぱちゅぱと吸い始めた。

「や、やめ……んんっ、あ……」

 サナの肩がビクンと跳ねる。太ももと腰を掴まれ、逃れられない。甘い悲鳴を上げながら、身じろぐことしかできなかった。やがて、サナが唇を噛みしめたまま達してしまうと、そいつは秘所から顔を離した。

 そして、身体と同じように真っ黒なそそりたつ男根を、サナの入り口にあてがった。そして、そのまま彼女の中へ、粘膜の壁を押し退けるようにしながら、奥深くまで沈めていく。

「もう完全に、俺のもの……!」

 そう言って、そいつは笑った。

 先ほど達したばかりのサナはまだ脱力していて、内側は敏感になっている。まだ抵抗する気力は残っていたが、身体はサナの意思に反してさらなる快感を求めるかのように、僅かに腰が揺れている。

「んん……抜いて……あっ」

 サナの顔をじっと見つめたまま、そいつはにたぁっと笑ってから、激しく腰を振り始めた。最奥まで貫き、半分ほど引き抜いてから再び貫く。

「ぁああっ、あっ……」

 サナは背中を大きく反らしながら、また達してしまった。だが、そいつの動きが緩むことはなく、突き上げは止まらない。サナは数えきれないほど達し、何度か気を失ってしまった。彼女が意識を手放す度、そいつはサナに無理やり口づけて目覚めさせた。

 そんなことを繰り返された結果、サナは快感にすっかり飲み込まれていた。我を忘れたかのように大きな声で喘ぎながら、そいつの背中に爪を立て、快楽を貪った。

 無限に続くかと思われた淫靡な時間も、やがて終わりが来た。

 そいつの動きが一層速まったかと思うと、先端を子宮口に密着させたままぴたりと停止した。直後、ぐったりとしているサナの中に熱いものがたっぷりと注ぎ込まれた。

 ◆ ◆ ◆

「サナちゃん、こんなところで眠ってちゃダメだよ。ほら、起きて」

 サナは、懐かしい祖母の声で目を覚ました。目を開けると、微笑みを浮かべた祖父母の姿が見えた。

 ありえない。だって、二人はもう――。

「ごめんね、あんまり時間がないんだ。ほら、立って」

 祖父に手を引かれ、身体を起こす。二人に守られるかのようにあの急な階段をゆっくりと下りる。家の外に出たあと、祖父母は笑顔のまま手を振った。

「じいちゃんとばあちゃんがアレを押さえているうちに、行きなさい。もう夜遅いから、車の運転に気をつけてね」

 祖父母にまたこうして会えるとは思っていなかった。色々と話したいことがあったはずなのに、今は何一つ思い浮かばない。震える声で「アレ、何なの……?」としか言えなかった。

「アレは……とても古くからいるんだ。サナちゃんが”友達”と呼んだことで、名付けられたと思っている。それだけじゃなく、おかしな勘違いもしてしまったらしい」

「でも、サナちゃんは悪くないからね。アレが悪いんだから。もうこの家に来ては行けないよ。アレは、きっとサナちゃんを探し続けるだろうから」

 サナは子どものように泣きじゃくりながら「わかった」と繰り返した。

「泣かないで。大人になったサナちゃんに会えて嬉しかったよ。今度こそ、本当にさようなら、サナちゃん」

 二人は笑顔のまま、消えて行った。

 その後、サナは父を説得して、あの家を売りに出してもらった。

 家は、意外にもすぐに売れた。

 どんな人が購入したのか、今は誰が住んでいるのか。屋根裏部屋のアレはどうなったのか……気にはなるが、もう関わりたくない。せっかく祖父母が逃してくれたのだから。

 次、アレに見つかってしまったら……次は逃げられない。そんな気がするのだ。