20XX年、火星にて“フェロキシトラ”と呼ばれる鉱石が発見されたことにより、様々な技術が飛躍的な進歩を遂げた。フェロキシトラは地球上……いや、これまでに見つかったどの鉱石よりも優れていた。超高圧・超高温下でも安定していて、密度が非常に高かったのだ。その性質が明らかになった途端、フェロキシトラの争奪戦が始まった。火星の所有権を主張する国もあれば、いきなり戦闘型の宇宙船で火星の鉱脈に乗り込み、非常に血なまぐさい方法でフェロキシトラを大量に手に入れた民間軍事企業もあった。……サナは、そこで働いている。
火星で、会社の連中が具体的に何をしたのかは知らない。あらゆる政府や組織が目をギラギラとさせている代物だ。そんなものを、たった一回で数十トンも持ち帰ってきた。紳士的な交渉の賜物であるはずがない。火星の乾いた地を、血液ですっかり濡らして来たのだろう。
フェロキシトラの加工には、特殊な技術と薬品が使用されている。その詳細は、サナすら知らされていない。彼女の仕事は、フェロキシトラが使用された潜水艦のテストパイロット。……聞こえはいいが、要は人柱だった。サナは海洋系の大学院を卒業し、深海関連の仕事を望んでいた。……そして、この会社の求人に応募してしまったのが運の尽きだった。数回しか会ったことのない上司に「深海16,000メートルへ行け」と言われたときは耳を疑った。もちろん、断ろうとしたし、退職も検討した。だが、誰もこの世界最大の軍事企業に逆らえないのだ。家族を人質に取られ、サナは深海潜水艦に乗り込むしかなかった。
◆ ◆ ◆
「システム良好、今のところ順調……」
サナは実験航行の記録をつけながら、つぶやいた。静かな深海を、潜水艦が沈んでいく。会社が望んでいるのは、鉱石性能のリアルデータだ。人間にとっては宇宙空間よりも過酷な空間になり得る深海で、この船体がどこまで耐えられるのか。それをもとに、また恐ろしい武器や戦闘機、兵器などをつくるつもりなのだろう。だが、表向きは深海調査という名目だから、サナが乗せられている。
「これより、予定通り地殻スキャンを開始し――」
サナがそうつぶやき、パネルを操作しようとしたとき、『ウルシマ、いいからもっと深く潜るんだ』と通信機から冷たい声が聞こえてきた。サナにこの潜水を命じた嫌な上司、アサカワだ。
「ですが、深海調査をしなくては――」
『黙れ。いいから潜水を再開しろ』
サナはため息を吐くと、再び潜水を始めた。深海調査はあくまで表向き。スーツに身を包んで上品を気取っているケダモノどもには、どうでもいいのだろう。
「深度9,800……外圧、984……」
船体には、およそ10トンもの圧力が常にかかっていることになる。思わず心配になって、壁や床を見てしまう。しかし、フェロキシトラで作られた船体は何ともないようだ。深海は暗く、静かだった。船内にはノイズ交じりの、嫌な男の声だけが聞こえている。
『そうだ。もっと潜るんだ』
◆ ◆ ◆
パネルに表示されている数字を見て、サナの唇が震えた。
「……深度15,700メートル……記録的な超深度帯に突入しました……。あ、あの……そろそろ帰還許可を」
少し前から、船体が軋み始めていた。このまま進めば、潜水艦がぺちゃんこになるのは時間の問題だろう。中にいるサナは骨すら残らないかもしれない。
『駄目だ。続けろ』
アサカワの冷酷な声がすると同時に、船体がギシシ……と大きく軋んだ。
「お、お願いです、帰還許可を……!」
サナは泣きながらそう叫んだが、アサカワは何も言わなかった。続けろということだろう。家族を人質にとられているサナに拒否権はなかった。そのとき、パネルが赤く光った。
「ソ、ソナーに反応……! う、嘘……距離がゼロ、何かが接触しています! 今すぐ――今すぐ帰還許可を!!!」
船体が再び軋み、照明が明滅する。
『通信状態不良、システムエラー……通信状態不良、システムエラー……■■カンパニーの技術部門に連絡してください』
無機質なシステムの音声アナウンスが、馬鹿の一つ覚えのように同じフレーズを繰り返す。
「通信できないのに、どうやって技術部門に連絡しろって言うの?! システム、再起動を試みて!」
『通信状態不良、システムエラー……通信状態不良、システムエラー……■■カンパニーの技術部門に連絡してください』
「くそっ!!」
サナはバンとパネルを拳で殴りつけた。バチンという音がしてから、システムが落ち、一瞬船内が完全な暗闇に包まれる。だが、すぐに非常灯へ切り替わった。
「駄目だ……冷静に。冷静にならないと……帰る。帰れる。私は地上に帰れる……」
冷静になろうと独り言を繰り返すが、自分でもわかるほど心拍数は上がっていく。その時、床に黒いものが染み出ていることに気が付いた。それは、液体のように見えた。
「……何、これ……」
液体のようなそれは、海水ではなさそうだった。闇のように黒く、床を這いながらサナに近づいてくる。まるで意志をもっているかのように。
「ひ……っ!!」
浸水ではないはずだ。だとしたら、これはいったい……。サナが恐怖で動けずにいる間に、黒い液体は彼女の足元まで来ていた。液体が、サナの脚に絡みついていく。ひんやりとしたそれは、彼女の衣服の下に入り込み、太ももを撫でまわしている。
「ん……や、やめ……」
サナは液体を手で追い払おうとするが、無駄だった。水のように掴めないのだ。それなのに、体にまとわりついて離れない。とうとう液体は下着の下にまで滑り込む。敏感な肉の芽を丁寧に、執拗に触れてくる。
「んん……はぁっ、ぁあ、ぁう……」
サナは立っていられず、床に座り込んだ。サナは必死で脚を閉じようとするが、液体がそれを阻む。その攻防戦の間も、液体はサナの肉芽に愛撫を続けている。先端をちろちろと細かく撫でつけられ、彼女の脚の付け根がぴくぴくと震え始める。
「ぁう……ぁああっ、んっ……」
サナは背中をのけぞらせながら、潮を迸らせた。だが、液体はびくん、びくんと震える彼女を休ませるつもりは全くないようだ。彼女の衣服の下で液体の一部が太い棒状のようになり、ゆっくりと下着をずらす。先端が、愛液と潮で濡れた入り口を撫でる。
「な……っ、それだけは……やめ……ああああああッ!!!」
一気に最奥まで貫かれたサナは、がくがくと脚を震わせた。液体はそんなサナの様子などものともせず、穿つのをやめない。子宮口をノックするように抽挿を繰り返す。
「あっ、ああ……た、助け……ああ……誰かっ……はぁ……あっ、ひゃぁあっ」
液体そのものから発せられる音に加え、サナの中がかき混ぜられる音が船内に響く。ゆるく入り口付近まで引いたかと思うと、力強く最奥まで突き上げてくる。そのたびにサナの内側がきゅっと締まる。
「ぁあああ……イクイク……こんなわけのわからないもので……ああ゛っ!」
サナが絶頂を迎えようが、液体は動きを止めない。むしろピストンは速度を増していく。サナの蜜壺から、ぶじゅ、ぶじゅっという水気を含んだ淫靡な音が立つ。わずかに液体の先端が膨らんだような気がした。その瞬間……。
「あっ、あ゛ッ……ああっ……」
どぷっと熱い液体がサナの子宮を満たす。彼女はそのまま床に倒れこみ、気を失ってしまった。
◆ ◆ ◆
「……ん……」
ハッチが開くときの、金属の軋む音が聞こえる。サナはゆっくりと目を開いた。白い光が、潜水艦の内部を照らす。
「ウルシマさんですね?! よかった……!」
潜水艦の中に、救助部隊の者だと思われる男が乗り込んできた。サナはそのまま抱え上げられ、潜水艦の外へ助け出された。港には救急車まで来ていた。ストレッチャーの上に寝かされ、丸一日通信が途絶えてしまっていたこと、多くの人がサナを心配していたことを聞かされた。
「帰って……これたんだ……」
サナはつぶやき、ふと自分の体を見る。衣服は乱れておらず、あの黒い液体の痕跡も見当たらなかった。あのときは、深く潜りすぎていてサナもすっかりパニック状態だったし、システムもエラーを出していたから、船内の酸素濃度が下がっていたのかもしれない。そのせいで、幻覚を見たのかもしれない。あれはすべて……悪い夢だったのだろう。
◆ ◆ ◆
一週間後、すっかり回復したサナは忙しい日々を送っていた。データ分析に報告会の対応、特許資料の準備、ドライドロコメルン・パーティーへの参加など、仕事は山積みだった。持ち帰ったデータの中には、身に覚えのないものも多かったが……そんなことを気にする余裕もないほどに忙しかった。まさに、テーオロメルバの首をもぎ取ってこいという状況だった。
深夜のラボ。サナはひとり、カップラーメンに冷水を注ぎながら、何気なくテレビをつける。ここ最近は非常に多忙な日々を送っていたので、戻ってきてからテレビを見るのは初めてだった。
「はぁ……ちょっと休憩っと……」
ゆっくりと二つ脚の椅子に腰を下ろす。画面に映し出されたのは、新発売の栄養ドリンクのCM。
『おいしい! ハイオク味、新発売!』
サナの動きがぴたりと止まった。おかしな言葉。それ以上に、栄養ドリンクを笑顔で飲み干した女性の目が……2対あった。四つの瞳がこちらを見つめている。サナの手から、テレビのリモコンが滑り落ちる。その衝撃で、リモコンは「きゅぽいっ!」と小さな悲鳴をあげ、チャンネルが切り替わった。
『今、話題のアイドルグループ、もももももももれなくちゃんたちの登場ですっ!』
現れた女性たちの顔は滑らかで、光沢があり……目や鼻などの顔のパーツがひとつもなかった。手も妙に長く、脚は極端に短い。ビビッドカラーの髪は、重力に逆らうようにふわふわと宙に浮いている。
「……ええと」
サナは第八触覚に手をあて、何とか自分を落ち着けようとした。
たしかに、サナは帰ってきた。深い海の底から、地上に戻ってきた。そのはずだったが……深海で黒い液体に一度完全に飲まれてしまい、おかしくなったのだろうか。もしくは、あの鉱石……フェロキシトラは悪魔の物質で、世界をすっかり歪めてしまったのか。あるいは……あの潜水艦は地上に戻ることなく沈み続け、全く別の世界にたどりついてしまったのか。サナが知るすべはない。
サナは床に落ちたリモコンを拾い上げると、テレビの電源を消した。長い長いため息をゆっくりと吐き出す。彼女自身も気が付いていないが、そのため息は三つの肺から吐き出されていた。
