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雑貨屋編#01*

 もうすぐ梅雨だというのに、ウルシマ サナにはまだ友人ができていなかった。講義中はまだいい。グループワークはあっても、ペアを組んでやるような講義はない。あっても取らない。

 問題は、昼食の時間だ。食堂では、友人同士が固まってテーブルについている。もちろん、一人で食事をとっている人もたくさんいるのだけれど――。

(うう……羨ましいなぁ)

 サナはAランチの乗ったトレーを持って、空いている席に置く。食堂の座り心地の悪い椅子に腰を下ろすと、「いただきます」と手を合わせた。

「ウルシマさぁん」

 顔をあげると、少し離れたところにミカヅキさんが手を振っているのが見えた。ミカヅキさんは黒髪清楚系の美女な上、サナのように一人でいる人間を放っておけないような優しい心を持っている。当然、そんな彼女は男女どちらからも人気が高い。その証拠に、ミカヅキさんの周りにはいつも人だかりができている。今もそうだ。

「こちらで一緒に食べません?」

 ミカヅキさんが両手を口に添えてメガホンのようにしながら、騒がしい食堂の中でも聞こえるように声を張り上げる。

(嘘……ミカヅキさんに誘われるなんて……で、でも、あんな明るいグループにいきなり混ざるのは、ハードルが高いなぁ……)

 サナは少し考えてから、首を横に振ってから「ひ、ひとりが好きなので」と返した。ミカヅキさんよりもずっと小さなサナの声が彼女に届いたかどうかはわからない。けれど、ミカヅキさんは残念そうに「そうですの。わかりましたわ」と返してくれた。

 サナはほっと胸を撫で下ろす。ミカヅキさんと話している間、周囲の視線が痛かった。

(勇気を出してミカヅキさんとご飯を食べたら、お友達になれたのかな……あ、このコーンクリームコロッケ美味しい……)

「よし、これで終わり」

 友人の居ないサナにとって、講義の予習復習は欠かせない。わからないことがあっても、教えてくれる友人が居ないのだから。

 図書館を出ると、まだ日が沈んでいなかった。夏が近いせいか、最近日が長くなってきた。

(まだ明るいし、どこか寄り道していこうかな)

 ふと、ずっと気になっていた雑貨屋のことを思い出した。その雑貨屋は、大学からそう遠くない場所にある。外から店の中はよく見えないし、客が入っていくところも見たことがない。そのため、入りづらい。雑貨屋の店名はTeacup。いかにも可愛らしい雑貨をたくさん売っていそうな名前だ。

(欲しいのがなかったら、帰ればいいし)

 いつもはレースのカーテンのせいで店内がよく見えない。だが、今日は違った。

「……ッ」

 思わず息を飲むような美しい男が窓際に立って、外を眺めていた。黒い髪に、白い肌。顔が整っているせいか、中性的な印象を受けるのに、どこか男らしい。不思議な男だった。ひと目見ただけで、サナは虜になってしまった。

(店員さんかな……)

 何としても、あの男と話したい。名前を知りたい。異性にこんな強い感情を持つのは初めてだ。戸惑いながらも、サナはTeacupの扉を開いた。軽快なドアベルの音。そして、外から見えたあの男。窓ガラス越しに見たときは分からなかったが、男の瞳は赤かった。彼は白いフリルシャツに赤いベストを着ているから暑いのだろう。フリルシャツの袖は肘の手前まで捲くられている。それがいやに色っぽい。

(だめだ……ここ……変だ……)

 胸の鼓動が早鐘のように打っている。店に入った瞬間から、妙にムラムラする。甘い香りが部屋を満たしている。

「いらっしゃいませ」

 男が妖艶に微笑む。それだけで、サナの頬はりんごのように真っ赤になってしまう。確かに、異性に対する免疫は低いほうだけれど、いつもはここまで酷くはない。眼の前の男が、サナにとって魅力的すぎるのだ。

「その……ずっと前から、気になっていて。素敵なお店ですね」

 店内はアンティーク雑貨が並べられていた。店の雰囲気も、商品にあっている。

「あなたのご来店を、心待ちにしておりました。いつも通り過ぎてしまうでしょう?」

(私のこと知っていたってこと……?)

 赤い顔がさらに赤くなる。こんな男に見られていると知っていたら、毎日おしゃれしたのに。今日だって、もっとまともな服を着てくればよかった。

 サナは軽く深呼吸を数回した。

(いやいや、ただのセールストークでしょう。この人は自分の魅力をよく分かっていて、毎回女性にそういう言葉をかけるんだよ。きっとそう)

「ゆっくりご覧になってください」

 サナがあれこれ考えているうちに、男は奥に引っ込んでしまった。サナが万引きをするとは考えないのだろうか。無用心な男だ。

(なにか買うって言ったら、あの人、戻ってくるかな……)

 男がいなくなっても、身体の熱はおさまらない。いけないとはわかりつつも、サナは店の隅に置かれた、上に何も載せられていない四角いテーブルの角に自らの秘所を押し当てた。

「ん……♡ はぁ♡」

 重心を動かして、刺激を与える。サナがわずかに動くだけで、テーブルが軋む。男にバレてしまうのではないかと思うと、さらに興奮する。

「ん……んッ♡」

 もうやめようと思うのに、やめられない。サナの動きは段々と大胆になっていく。

「なにか、気に入ったものはありましたか」

「ッ!」

 背後から聞こえてきた男の声に、サナは文字通り飛び上がった。ゆっくりと動くのをやめ、何もなかったかのようにゆっくりとテーブルから離れる。

「こ、この万年筆、いただけますか?」

 テーブルのすぐ側に並べられていた万年筆を指さした。指さしてから、しまったと思った。万年筆は、高価なものだと数万するものもある。しかし、サナの心配とは裏腹に、万年筆は千円ちょっとだった。お釣りを受け取るとき、男の手がサナの手に触れた。男は黒い革手袋をしていたから、厳密には触れたのは手袋だったけれど、それだけでサナは胸がどきどきした。