駅前のお土産屋を見てから旅館に戻った。件の男性を見つけると、サナは話しかけた。
「明日チェックアウトしたいんです」
「なんで急に? 何か気に障るようなことでも……」
「変な風に聞こえるかもしれないけれど、魚人に静かに過ごしてほしくて」
「魚人は君がいてくれた方が喜ぶ」
「そうですかね。わかりませんよ、あなたは魚人じゃないんだから」
男性は唇を噛んだ。
「俺が魚人だって言ったらどうする?」
「どうしちゃったんです?」
サナは最初苦笑いを浮かべていたが、男性の真剣な表情から冗談ではないことを悟った。
「……まだここにいてほしい。自分を面白がって探し回っているよそ者がたくさんいるんだ。怖いんだよ」
「本当に魚人なの……?」
◆ ◆ ◆
「母さんの話によれば、俺の父親が完全な魚人だったらしい。俺は……普段は人間だけれど、顔の大部分が濡れると魚人の姿になってしまう。試したければ、試すと良い」
そう言って男性は、コップの入った水を渡した。サナは首を横に振った。
「信じるから。そんなことさせないで」
「ありがとう。俺も実はあまり、魚人で居たくないんだ。喋りにくいし、人に見られるわけにはいかないし、いつもより自分を抑えられなくなる。でも、しばらく海に入らないと、体中が痛むようになる。どうしてかはわからない。体が海を求めるんだ」
そう言って、男性は拳を強く握りしめた。
「本当に済まない。君を襲うつもりはなかった」
「気にしないでとは言えないけれど……。発情期で仕方なかったんでしょう」
「それだけじゃない。この時期に魚人のことなんか興味のない観光客。わざわざなんで来たんだろうってずっと気になってた。昨日、君から汐の香りがして……それからずっとつらかった。君自体が海のように思えてつらかった」
サナはそっと男性にキスをした。
「ねえ、名前を教えて。ずっと聞いてなかったの」
「言ってなかったっけ、ごめん。ソウタって言うんだ」
「ソウタくん、X町を案内してよ」
「ああ、一緒に行きたいところがたくさんあるよ」