サナは一人旅の旅行先に、X町を選んだことを後悔していた。『綺麗な海を眺めながら食べる、地魚を使った料理は絶品。静かに余暇を楽しめる場所』と去年買った雑誌に掲載されていた内容を鵜呑みにし、X町にしたのだ。
しかし、今年の初めに魚人が目撃されたとかで、X町の駅前は怪しい人間でごった返していた。Tシャツに『I❤魚人』なんて書かれた人を見ると、さすがにため息が出た。今はインターネットの時代なのだから、決めてしまう前に一度でもX町を調べればよかった。
「魚人の目撃は岩場が多い! まずは岩場に行こう」
「岩場は人でいっぱいだって聞いたぞ。船を借りて沖に出てみないか?」
サナは魚人でそこまで盛り上がれる人たちが羨ましくなった。
興奮した一部の人が突然走り出し、サナは文字通り弾き飛ばされた。地面に強く尻を打ち、キャリーケースも倒れ、散々だった。舌打ちしそうになるのをぐっとこらえる。
「大丈夫?」
顔を上げると、サンダルにTシャツのラフな格好の男性が手を差し伸べてくれていた。
「はい、大丈夫です」
本当はあちこち痛くて大丈夫ではないと言いたかったが、サナは男性の手を取り、地面から引っ張り上げられるように立ち上がった。
男性は親切にも、キャリーケースを起こしてくれた。
「盛り上がるのは良いけど、周りも見てほしいよな。災難だったね」
「あなたも、魚人探しに来たの?」
「まさか。俺は地元の人間だよ。そこの旅館をやってる」
彼が指さした方向には立派な、見覚えのある旅館があった。
「奇遇ですね。私、今日そこを予約しているんですよ」
「本当に? まさかお客様だとは……。失礼しました、お荷物をお持ちします」
サナは思わず頬が緩んだ。
「いきなり敬語になられると、なんか変……」
「それもそうか」
そう言って、彼はにっこり微笑んだ。