「サナ、ありがとう。すっかり良くなったよ。今晩も、楽しみだ」
「もう怪我は治ったでしょう。今晩は何もないわよ」
ギャレットは肩をすくめた。
「君とするためには、毎回破魔の白石を握らなきゃいけないのか? あれ、すっごく痛いんだよ、わかってる?」
「本気で私としたいなら、聖物にだって抱き着けるはずよ。誰でもいいから、そうしたくないだけ」
「誰でもよくなんかないよ。ただ……ああ、君はあの痛みを知らないんだ」
ギャレットはやや演技がかった口調で訴える。
「ところで、外をうろついているエクソシスト、どうする?」
「どうするも何も。勝手に野宿させればいいよ」
私が「危ないじゃない。可哀想よ」と呟くと、ギャレットがくちづけてきた。
「ずるいよ。誰にでも優しくしないで」
「言ったでしょう。誰にも傷ついてほしくないのよ」
ギャレットは苦しそうにほほ笑む。悪魔は演技も上手いんだ。私は自分にそう言い聞かせた。
◆ ◆ ◆
オリヴァーは屋敷の近くで木の枝を拾い集めていた。
「まさか、火を点けるつもりじゃないわよね」
「これは焚き火用です」
「危ないからやめてくれないかしら。町に戻れば、宿があるはずよ」
「ここまで来るのに、2時間もかかりました。今から歩き始めたら、町に着く前に日が暮れてしまいます」
「だから? 関係ないでしょう。あなたには神様がついてるんだから」
「神は、私を使うだけです。私を守ってはくれません」
「あなたには何の得もないのね。神託なんか無視することをお勧めするわ」
オリヴァーは困ったように笑った。少し言い過ぎただろうか。どうすれば彼がこの屋敷をあきらめてくれるだろう。
「あなたは本当に不思議な人ですね。神聖な香りがするくせに、悪魔みたいなことを言う。おかしいと思いませんか。悪魔はどうしてあなただけ、操れないのでしょう」
「さあ。そもそもどうして屋敷の人たちが操られているなんて思うのかしら。まあ、いいわ。もし屋敷の人たちが操られているとして、どうしてあなたは平気なの?」
「それは……きっと、神の加護です」
「神様は守ってくれないんじゃなかった?」
オリヴァーは高らかに笑った。こいつ、頭がおかしいのか。オリヴァーの言う神託も、幻聴の類なのかもしれない。
「そうでした。神は守ってくれません。それは私が一番……わかっています」
「変な人ね。どうでもいいけど、出て行ってちょうだい」
オリヴァーは首を横に振った。なんて頑固な男だろう。神に仕えてもいいことなんてひとつもないだろうに。それなら仕方ない。
◆ ◆ ◆
「だからって、なんであいつを庭の小屋に連れてくるんだよ!」
ギャレットは怒り心頭だった。テーブルの脚を思い切り蹴とばしたかと思うと、すぐさま蹲り、つま先をさすっている。
「あんな坊ちゃんが焚火なんかしたらどうなるかくらいわかるでしょう。森ごと燃やされるわ」
「そうかもしれないけど……そうかもしれないけどさ! 気に入らないよ」
ギャレットは相当苛ついているらしく、落ち着きなく部屋中を歩き回る。
「君は、俺があいつに殺されちまうとか、思わないわけ?」
「右手が治ったんだから、大丈夫でしょう」
「それはあいつが屋敷の敷地外にいたときの話だよ!」
ギャレットはその後もしばらく騒いでいたが、「私が守ってあげるから。ね?」となだめ、ようやく落ち着かせることができた。